第104話 未知ノ魔法
ルティーナたちとは完全にはぐれてしまったサーミャは、一人で地下通路を駆け抜けていた。
――襲い来る鎧の人形を片っ端から機能停止に追い込みながら。
「くそっ!」
雷撃が弾ける。
人形の身体を焦がし、煙を出しながら崩れ落ちる。
「どこまで行っても人形! 人形! 人形!っ!」
苛立ちのまま叫ぶ。
「扉を開けても人形! また開けても人形っ!」
「ふざけんなっ! お前らの相手してる暇はねぇんだよっ!」
いい加減うんざりだった。
魔力だって無限じゃない。
連戦続きで消耗も激しい。
「これじゃ流石のあたいでも魔力がもたねぇ……」
肩で息を吐く。
今頃ルティーナ達と目的地についていただろう――。
それなのに。
一人だ。
たった一人。
「早く合流しなきゃならねぇのによ……」
歯噛みする。
ひたすら続く一本道しかない。
選択肢もない。
ただ前へ進むだけ。
それが余計に焦燥感を煽った。
「……やっぱ戻るか?」
一度立ち止まる。
だが、その時だった。
通路の突き当たりにある扉へ視線が止まる。
「……ん?」
今までの扉と違う。
明らかに違う。
造りが重厚だった。
金属装飾。
巨大な取っ手。
――そして妙な威圧感。
「おいおい……」
口元が吊り上がる。
「あたいが当たりを引いちまったかぁ?」
久しぶりに希望が見えた。
それ以上人形は現れなかった。
サーミャは壁にもたれかかり、十分ほど休憩を取る。
人形たちが静かな今しか休める時間はない。
そして、サーミャは雷撃魔法をいつでも撃てるよう待機しながら扉へ手を掛けた。
「行くぜ」
「(飛ばされても、一人なら関係ねぇ!)」
勢いよく開く。
そして――。
「…………は?」
目の前に広がった光景に固まった。
大量の本棚。
無数の書物。
天井近くまで積み上げられた知識の山。
「本? ただの書庫じゃねぇかよ」
思わず間抜けな声が出る。
「くそっ……」
サーミャは他に扉がないか確認するため、ゆっくり部屋へ入る。
しかし、見渡しても入口以外に扉が存在しない。
「はぁ」
期待した分だけ肩透かしだった。
「マジかよ……」
頭を抱える。
だが。
せっかく来た以上、手ぶらで帰る気はなかった。
「ここは、技術大国とかいってたなミレイユさん」
「ってことは、何かでっけぇ秘密でも書いてあんのかもな……」
適当に一冊引き抜く。
そしておもむろに中を開く。
「ん?」
そこに書かれていたのは、魔法について――。
「『フリーズ・ランス』……?」
サーミャは眉を上げる。
「呪文と効果の解説か」
なるほど。
水魔法の教本らしい。
「ちっ、知ってることばっかじゃねぇか……使えねぇ――」
閉じようとして――止まる。
「……あん?」
見慣れない文字列が目に飛び込む。
「『フィルス・フリーズ・ランス』?」
聞いたことがない。
サーミャは目を細めた。
試しに詠唱してみる。
すると。
魔力の流れが明らかに違った。
「っ!?」
空気が凍り付く。
従来よりも遥かに低温。
そして、三叉の氷槍が空中に形成される。
「おいおいおい……」
サーミャは即座に詠唱を中断した。
危険を感じたからだ。
「なんだよこれ……」
背筋が震える。
「集った魔力で分かる……威力が全然違ぇ」
比較にならない。
まるで別魔法だった。
「こ、これがイスガの魔法技術ってやつか……?」
胸が高鳴る。
そんな中。
サーミャは杖について書かれた書物を見つけた。
「ん?」
何気なくページをめくる。
そして――。
その手が止まった。
「おい……マジかよ」
目を見開く。
そこに記されていた名称は、見間違えようがなかった。
――『エクソシズム・ケーン』。
「あたいの杖じゃねぇか……!」
思わず声が漏れる。
サーミャは慌ててページへ顔を近づけた。
読み進める。
読み進めて――。
思考が止まる。
今まで誰も由来を知らなかった。
なぜ魔法を増幅できるのか。
なぜ他人でも魔法が使えるのか。
なぜあれほど異常な性能を持つのか。
その答えが、目の前にあった。
「魔法威力増幅機能」
「基本呪文記録機能」
「……試作型品?」
呟く。
背筋に鳥肌が走った。
「じゃあ、あの化け物みてぇな杖は……ここで作られたのかよ」
長年使ってきた愛用品。
相棒。
命を預けてきた武器。
「巡り巡って、あたいの所へ来たって訳か……」
小さく笑う。
不思議な縁だった。
もしルティーナに出会わなければ。
もしこの依頼を受けていなければ。
この事実を知ることは一生なかっただろう。
「……ありがとな、ルナ」
誰に聞かせるでもなく呟いた。
だが。
すぐに現実へ戻る。
「とはいえ……」
視線を周囲へ向ける。
書庫いっぱいに積まれた本。
サーミャには宝の山にしか見えなかった。
「くそっ、ルナが居ればなぁ」
「本棚ごと小さくして持って帰れたのによぉ……」
流石に自分には無理だった。
だから必要そうなページだけを選び、本から丁寧に切り取って懐へしまっていく。
少しでも持ち帰るために。
少しでも未来へ残すために。
そんな作業を続けていた時だった。
肩が本棚へぶつかる。
ガタン。
すると偶然、二冊の本が床へ落ちた。
「ん?」
何気なく開かれているページに視線を向ける。
そして――。
サーミャは固まった。
「な……」
そこに書かれていた言葉。
「――『ディメンジョン・テレポート』……?」
「て、転移魔法?」
その一文だった。
「おいおいおい……!」
一気に血が沸騰する。
思わず本を掴み上げた。
読み漁る。
ページをめくる。
内容を確認する。
「魔法で転移できるんだ!?」
信じられなかった。
だが。
ここへ来るまでに起きた現象を思い返せば納得もできる。
「なるほどな……」
「だからあんな転移罠が実在するのか」
そして。
次の瞬間には希望が生まれていた。
「待てよ? これ使えれば一発じゃねぇか!」
ルティーナ。
エリアル。
シャルレシカ。
ロザリナ。
全員と即合流できる。
――そう思った。
だから迷わず試した。
記載通り対象者――ルティーナを思い浮かべながら詠唱する。
だが――。
何も起こらなかった。
「…………はぁ?」
沈黙。
再度確認する。
もう一度読む。
詠唱も、やり方も一切間違っていない。
……だが発動しない。
「くっそ! でまかせかよっ」
サーミャは本を破り捨てそうになる。
その時、補足説明が目に入る。
「……あ?」
目が点になる。
そこには、こう書かれていた。
――六属性適性保有者限定。
「ふざけんなっ」
即座に本を床に叩きつけた。
「そんな奴……あいつと、モルディナのおばさんぐらいじゃねぇか」
思わず叫ぶ。
希望は一瞬で砕け散った。
脱力する。
「……いや」
ふと考える。
ルティーナの顔が浮かぶ。
「いや、あいつなら――何か知ってる……」
そこまで考えて首を振った。
「ルナの力を疑ってたくせに、都合のいいときだけ……最低だなあたいは」
心のどこかでは否定し切れなかった。
そしてもう一冊。
興味本位で開く。
今度は――。
「じ、時間魔法ぉ?」
さらに理解不能だった。
しかも条件はもっと酷い。
全八属性適性保有者限定。
「……あ~これは詰んだわ……居る訳ねぇじゃん」
「そもそもどうやって、試したんだっつう話だろ?」
乾いた笑いが漏れる。
流石にこれは夢物語だ。
だが。
それでもサーミャは必要そうなページを破り取り、懐へしまった。
いつか役に立つかもしれない。
そんな予感だけはあったからだ。
そして。
未練を残しながらも書庫を後にする。
この王国が封印されれば。
この知識の山も。
この技術も。
この歴史も。
全て砂の下へ沈む。
そう思うと、少しだけ胸が痛んだ。
「あばよ」




