第103話 爆弾ノ部屋
ルティーナたちがシャルレシカ達との合流に動き出す、十分ほど前――。
シャルレシカとエリアルもまた、突然の転移に巻き込まれて違う場所に飛ばされていた。
石造りの壁。
そして狭い通路。
静まり返った空気。
数秒前までいた通路とはまるで違う場所だった。
「シャル、大丈夫かい?」
「はぁ~い……」
シャルレシカは目をぱちぱちさせながら周囲を見回した。
「一体、何が起きたんですかねぇ~」
「ミヤとは完全にはぐれてしまったみたいだね……」
エリアルは小さく息を吐く。
今の状況は最悪ではない。
シャルレシカが居る。
索敵が使えるだけでも恵まれていると安堵する。
だが――。
自分達は『鍵』を持っていない。
もし目的地へ辿り着いても意味がない。
それが問題だった。
「シャル」
「今、皆の位置は分かるかい?」
シャルレシカは目を閉じる。
しばらくして、ゆっくりと口を開いた。
「ミヤはぁ~反対方向にぃ進んでますぅ」
「……そうか」
エリアルは眉をひそめた。
(変な無茶をしていなければいいけど……)
サーミャとは付き合いが浅い。
性格までは理解していない。
だけど一つだけわかる。
仲間の為ならきっと体を張る女性だと。
「ルナはぁ、リーナと一緒に居ますねぇ」
「無事なんだね?」
「あの後から動いてませぇ~ん」
「戦闘中じゃないなら安心かな」
「ルナなら、何か作戦を考えて行動に移すだろう」
エリアルは少しだけ肩の力が抜ける。
「とりあえず、僕達はルナに合流しよう」
「はぁ~い」
二人は通路の先へ進み始めた。
しばらく歩くと。
重厚な鉄扉が目の前に立ちふさがる。
「行き止まり……」
それまでの扉とは明らかに違う。
まるで重要施設への入口のように見えた。
「シャル、はぐれないようにつかまってて……また転移させられたらたまったもんじゃない」
そして、エリアルは両手で扉を押し開こうとした。
だが――。
びくともしない。
「重いっ……」
「もしかして、ここの鍵がないと開かないのか?」
エリアルは歩いてきた道を振り返る。
「後戻りしたらぁ、ルナ達から遠くなっちゃいますよぉ~」
その通りだった。
進路はここしかない。
「いっそ、斬っちゃえばいいんじゃないですかぁ?」
「……確かに」
エリアルは苦笑した。
「シャル、離れていて」
「はぁ~い」
エリアルは魔剣を抜く。
「――ソード・オブ・スラッシュ」
(【斬】)
そして一閃。
鉄扉が音もなく斬り裂かれた。
数回斬りつけた後、斬り離れた部分を蹴り飛ばす。
――その瞬間だった。
鼻を突く異臭。
思わず顔をしかめるほどの強烈な臭気が流れ出した。
「うっ……こ、これは腐敗臭!」
「こ、これは酷いですぅ……」
シャルレシカは即座に風魔法を展開した。
「すっ『ストーム・サイクロン――旋風――』っ」
風が室内を巡り、臭気を多少押し流す。
完全には消えないが、耐えられない程ではなくなる。
そして、二人は慎重に中の様子を探ろうと暗闇に足を踏み入れる。
すると、突然――部屋の灯りが一斉に点灯した。
そこは百畳近くはあるだろう広い部屋だった。
そして――。
整然と並ぶ白骨死体。
まるで祈りを捧げるような姿勢で。
誰一人乱れず。
静かに。
眠るように。
「……」
エリアルは言葉を失った。
何故だろう。
初めて見るはずなのに。
胸の奥がざわつく。
説明のつかない感覚だった。
悲しみとも違う。
懐かしさとも違う。
ただ――。
見てはいけないものを見てしまったような気がした。
「エルぅ……大丈夫ですかぁ?」
「あ、ごめん」
エリアルは首を振る。
気のせいだ。
そう言い聞かせる。
「たぶん、ミレイユが言っていた避難していた人達なんだろうね」
「イスガ王に眠らされたって人達ですかぁ?」
「そうだと思う」
「(眠らされたまま死んだのか……)」
視線の先。
中央付近の骸骨の頭には王冠がかぶせてあった。
自然とエリアルの足がそこへ向かう。
何故だろう。
自分でも理由は分からない。
ただ、その骸骨から目が離せなかった。
「これはもしかして……イスガ王様?」
呟いた瞬間。
胸の奥が、ほんの少しだけ痛んだ。
理由は分からない。
だが、不思議と無視できない感覚だった。
「せめて……」
エリアルは王冠に残る宝石へ手を伸ばす。
「ミレイユにお父さんの形見ぐらい――」
王冠ごと持ち帰るわけにはいかない。
エリアルは王冠にはめ込まれた宝石へ手を伸ばした。
「――シャル」
「辛いお願いをしてもいいかな」
エリアルは静かに言った。
視線の先には、眠るように並ぶ白骨死体たち。
誰一人として抵抗した形跡はない。
混乱も。
争いも。
絶望の痕跡すら残っていなかった。
だからこそ余計に胸が苦しくなる。
「このままにしておくのは……嫌なんだ」
シャルレシカは頷いた。
言われなくても分かっていた。
「私も同じこと考えてましたぁ」
彼女は杖を握る。
そして床へ向けた。
「あっ『アース・エンベッド――融解――』ぉ」
魔法陣が広がる。
床が水面のように揺れた。
白骨化した民は王と一緒に、ゆっくりと床へ沈んでいく。
誰も取り残さないように。
誰も孤独にならないように。
まるで最後の眠りへ導くように。
――そして全てが消えた。
静寂だけが残る。
「安らかにお眠りください……」
エリアルは小さく呟いた。
返事はない。
だが、どこか空気が柔らかくなった気がした。
「そういえばルナ達はどうしているかな?」
シャルレシカが再び索敵を行う。
「ルナ達がこっちに近付いてきてますぅ」
「本当かい?」
「はぁ~い」
エリアルは少しだけ安堵した。
「でも不思議だね」
「どうして僕達の場所が分かるんだろう」
「ただの偶然かな?」
シャルレシカは首を傾げた。
「多分、わかってやってると思いますよぉ」
「ルナは昔からぁ不思議なんですよぉ」
「出会った頃からぁ何か隠してる感じがありましたしぃ」
エリアルも不思議には感じていた。
「でも悪い感じじゃないんですぅ」
エリアルは苦笑する。
その感覚には同意だった。
ルティーナは確かに普通ではない。
だが――だからといって疑うことはない。
「僕もそう思う」
シャルレシカも嬉しそうに頷いた。
そして二人は部屋の奥にある扉の前へ立った。
今度は一つだけ。
「ここしか先はないね」
「行こう!」
二人は肩を寄せるように並び。
慎重に扉を開いた。
何もなく普通に開く扉――その先には。
「……なんだ、ここは」
エリアルは言葉を失った。
広大な空間。
見たこともない機械。
巨大な装置。
透明な筒の中には、先ほど戦闘したはずの無数の人形や鎧が並べられている。
そして中央には――。
異様な存在感を放つ巨大な楕円形の黒い球体。
部屋そのものが異質だった。
ここだけ世界が違う。
そう錯覚するほどに。
「これ……本当に同じ世界の施設なのか?」
エリアルは息を呑む。
するとシャルレシカが奥を指差した。
「エルぅ~あれぇ」
エリアルは視線を向ける。
そこには銅像。
そして――胸元に鍵穴があった。
エリアルの目が見開かれる。
「封印装置――だよね」
「ミレイユが言っていた、封印すべきものって……これだったのか?」
ここで大きな問題があった。
見つけたのが自分達だった。
『鍵』を持っていない。
目的地に辿り着いた。
なのに何もできない。
そんな皮肉な状況だった。
ルティーナかサーミャがここにいないと何もできない。
シャルレシカがここにいる以上、彼女達に居場所を伝える手段がない。
エリアルが頭を抱える中、シャルレシカが巨大な球体を眺めていた。
「シャル?」
「ちょっと触ってぇ、何なのかぁ探ってみますねぇ」
「待っ――」
止める前に、すでに触れていた。
瞬間――。
シャルレシカの身体が大きく震えた。
「っ――!」
膝から崩れ落ちる。
顔色が真っ青になる。
「シャル!」
エリアルが慌てて駆け寄る。
だがシャルレシカは首を振った。
「だ、大丈夫ですぅ……」
震える声。
しかし明らかに様子がおかしい。
「何が見えたんだ?」
シャルレシカは巨大な球体を見上げる。
その瞳には恐怖が浮かんでいた。
今まで見たことがないほどに。
「これぇ……」
シャルレシカの声は震えていた。
「地上が全部……一瞬で消えちゃったんですぅ……」
「な、何を言ってるんだ?」
「街もぉ……人もぉ……山もぉ……大地もぉ――」
「全部ぅ……全部ぅ……」
シャルレシカは自分を抱き締めるように震えを抑えた。
「見たことない爆発でぇ……」
「全部ぅ……」
「なくなっちゃうんですぅ……」




