第101話 葛藤ノ選択
ルティーナを襲った鎧の人形の中身は、明らかに『機械』だった。
しかし五人の誰も、それを理解できたわけではない。
見たことのない構造。
魔物とも違う反応。
そして『生き物ではないのに動く存在』。
異質すぎる現象を前に、誰も言葉を失っていた。
しかし、馬琴は分かっていた。
「――ルナ、あんた知ってたのかい? この人形のこと……」
サーミャが低く問いかける。
ルティーナは一瞬、視線を逸らした。
「……私も知らない」
仲間との間に壁を作りたくなかった。
皆を騙し続けたいわけでもなかった。
サーミャは何か言い返そうとして――やめた。
ルティーナの悲しそうな顔を見て、
サーミャは頭を掻く。
「――じゃぁなんで対処法が分かったんだ!」
「……ごめんなさい。理由は話せないの」
その声には、いつもの気丈さはなかった。
「この依頼が終わったら、必ず話すから」
「今は……信じて」
サーミャは何か言い返そうとして――やめた。
ルティーナの悲しそうな顔を見ながら頭を掻く。
「あぁぁ~、ごめん……きつく言いすぎた」
「そうだよな、ルナの『力』自体、もともとアレだもんな……」
「なにを今さらだよな……」
「悪りぃ――あまりにも敵が唐突すぎたんだ」
サーミャは肩をすくめる。
だが、その瞳には追及する色はなかった。
他の三人は黙ったままルティーナを見つめる。
ルティーナの持つ知識や作戦は普通ではないことは、全員が薄々気付いている。
それでも誰も踏み込まないのは、それによってどれだけ助けてもらったか感謝しているからだった。
サーミャは空気を戻そうと、話を切り替える。
「と、とりあえずこの通路を進むしかねぇな」
すると、シャルレシカが通路の先に何かを見つける。
「ねぇ~ルナぁ~、向こうに誰か倒れてませんかぁ?」
シャルレシカが指さした先。
そこには、通路の隅に倒れ込むようにし人影があった。
近づくにつれ、それがただの影ではないことが分かる。
――衣服をまとった骸骨だった。
「……これは」
ルティーナの声がわずかに沈む。
骸骨の左手の下。
そこには、見覚えのある金属片があった。
『鍵』――。
ミレイユから託されたものと同じ意匠。
「フレーディルさん……なのか?」
エリアルの声が途切れる。
「まさか、この人形達に……」
ロザリナが目を伏せる。
誰もその先を言えなかった。
しかし馬琴は、状況を静かに整理していた。
(こいつら機械の人形は……置物のように居た)
(きっと、施設の防衛用で配置されていた)
「(なら、どうして!)」
(魔物の襲撃で管理する者がいなくなったのかもしれない)
(そして侵入者と誤認されて――)
(さっきの俺達のように、無差別に攻撃してきたんじゃないかな?)
合理的な推測だった。
だが合理的であるほど、余計に救いのなさが浮き彫りになる。
「せっかく王国の封印をしに来たのによぉ……」
サーミャが唇を噛みながら遺骨を見つめる。
ルティーナは静かに『鍵』を拾い上げた。
「せめて……埋葬してやろうぜ」
サーミャが寂しそうに詠唱を始める。
「あの世で王様と仲良くな」
「――『アース・エンベッド――融解――』」
地面がわずかに揺れ、岩盤が柔らかく沈み込む。
まるで水面のように遺体を包み込み、静かに飲み込んでいく。
――数秒の沈黙。
誰も言葉を発さなかった。
それは弔いというより、『理解できない現実を受け止める時間』だった。
「さぁ行こう」
ルティーナが静かに言う。
そして五人は再び歩き出す。
その後も通路は続いていた。
そこへ再び現れる鎧の人形。
同じ構造。
同じ動き。
同じ無機質な殺意。
「またかよ……」
サーミャが舌打ちする。
「これ繰り返しになるの?」
ロザリナとシャルレシカは三人に任せるしかなかった。
ようやく、鎮圧が終わる。
そしてサーミャは突然、シャルレシカに『エクソシズム・ケーン』を渡す。
「ミヤぁ?」
「念のためさ」
「守る手段くらいは必要だろ」
「えっ……いいんですかぁ?」
「この先何があるかわからねぇ、そん時は――自分でなんとかしろ」
「ちょ、縁起でもないこと言わないでくださいよぉ~」
軽口のようでいて、その裏には緊張があった。
しかし、会話は止まる。
目の前には新たな問題が発生していた。
「扉が三つ……」
(分岐か)
馬琴が眉をひそめる。
エリアルが呟く。
「どうする?」
ルティーナは馬琴に判断を仰ぎ、答える。
「五人で一緒に入る必要があるわ」
「帰れなくなったら本末転倒よ」
サーミャはルティーナの判断に間違いがないことは分かっていた。
だが――。
「なぁルナ、『鍵』は二つあるんだ」
「一つあたいに貸してくれよ」
「?」
「そうだね、もし私の身に何かあったら困るし――二つ持ってる意味はないわね……」
鍵を預かったサーミャは提案する。
「時間をかけたってしょうがねぇ」
「とりあえず一つ目の扉は全員で入って様子をみてから、残りの二つは二手に分かれて行動するってのはどうだ?」
馬琴はサーミャの提案は悪くないと思っていた。
捜索時間の短縮。
この施設の異常性。
それを考えれば、いきなりの分断は致命的なリスクだった。
だが、繰り返された人形の攻撃……この先も同じなら侵入者対策かどうか?
一つ目の扉の先の様子で状況はある程度判断できるのではないかと――。
「ミヤの案で行きましょ」
ルティーナが決断する。
四人は頷いた。
「……じゃあ、この扉からいくわよ」
左の扉。
それを開いた瞬間だった。
「――っ!」
空間が歪むような感覚。
視界が引き裂かれ、体が引っ張られる。
「なっ……!」
先頭にいたルティーナとロザリナが同時に吸い込まれ――。
扉ごと、存在が消えた。
「ルナっ! リーナぁ!」
サーミャの叫びが響く。
――だが返事はない。
焦りの中、サーミャは咄嗟に魔法を放とうとする。
「『フレイム・ボ――』!」
「やめろ!」
エリアルが止める。
こんなところで放てば施設が崩壊の可能性があったからだ。
残された三人。
そして一瞬で崩れる戦力バランス。
「……あいつら、無事だよな?」
サーミャの声はかすれていた。
しかしシャルレシカは静かに索敵する。
「あっ……五百メートル先にいますぅ」
「二人一緒に……無事そうですぅ~」
「――良かった……」
エリアルが息を吐く。
だが状況は最悪だった。
エリアルが問う。
「これからどうしよう?」
サーミャは答えられなかった。
「……あたいは」
声が震える。
――その時だった。
「ミヤにはぁ、決断力ありますよぉ~」
シャルレシカの言葉。
「前もルナと離れ離れになった時ぃ、私を守ってくれたじゃないですかぁ~」
一瞬の沈黙――。
そしてサーミャは小さく笑う。
「……そうだな」
「それがあたいのとりえだもんな、ありがとよシャル」
顔を上げる。
「とにかく、二人を助ける!」
シャルレシカは二人に近い扉を指さす。
「それじゃ、エルが扉を開けてくれ」
「あたいはシャルを挟んで、後ろを守る」
「わかった」
そしてエリアルが扉に手をかける。
だが――再び。
今度は、エリアルとシャルレシカが巻き込まれてしまう。
「なっ……!」
そして、サーミャだけが弾き飛ばされてしまった。
「な、なんでだよ!」
「この扉、一度に二人しか入れねぇのかよっ!」
残されたのは、サーミャ一人。
選択肢は二つ。
最後の扉か。
戻るか。
「ふざけんなよ……」
拳を握る。
だが迷いはなかった。
「全部、あたいの責任だ」
「なんで、二人が飛ばされることを考えてなかった……」
そして迷いを振り切る。
「助けるに決まってんだろ!」
サーミャは最後の扉を選ぶ。
しかし、その扉では何も起こらなかった。
再び、鎧の人形が並ぶ通路――。
「くそっ……最初からこの扉を――」
怒りと焦りが爆発する。
「なら全部ぶっ壊してやる!」
地下施設だということさえ、この時のサーミャの頭にはなかった。
それでも彼女は止まらない。
――仲間を救うために。




