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LEAF MEMORY 〜始まりの鐘〜  作者: えんJOYラピス


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潮騒

 王子と王女の捜索訓練、と見せかけたリースの捜索が始まった。もしもリースが街中に潜んでいれば、『見慣れない少女がいる』と住民たちの目に付くはずだ。森や山の中とは考えにくいが、それでも捜索隊の目に触れるだろう。あとは報告が上がってくるのを待っていればいい。だがその前に、レンクは一仕事すませておかなくてはならなかった。レンクは部隊に命令を出すと『全体の動きを見ておきたい』と副官にその後の指揮を任せ、拠点をそっと抜け出して、馬を走らせた。


 すでに三日月が空を照らし、鬱蒼とした山陰をうっすらと照らしている。木々の枝葉の隙間から染み出す黒々とした夜空を見上げ、アマロとリースとで暮らす三人の家に向かった。当たり前だが、そこにリースが戻っているとは思っていない。ただ、ここから持ち出さなくてはならないものがあるのだ。

 ようやく見えた家の前に馬を繋ぎ扉を開けると、懐かしさが全身を包んだ。今朝までこの家で過ごしていたというのに、もう何年も帰っていない気がする。


 木造の階段を数段飛ばしに上がっていき、二階の廊下、その突き当りの客間まで早足で向かう。ポケットから取り出したカギを鍵穴に差し込むと、何年も放置されて古ぼけた扉は簡単に開いた。埃でいっぱいのその暗闇に目が慣れるまで、さして時間はかからない。

 この部屋は封印された部屋だ。レンクにとって、そしてアマロにとっても封印したい過去がそこにはあった。だがそれは、決してリースの目には触れさせてはいけない。だから全てをこの部屋に封印しておいたのだ。


 目が慣れてくると、やはりたっぷりと埃をまとったランプが見える。この部屋ができた経緯をぼんやり考えながらランプに明かりを灯すと、宙を舞っていた埃が炎でチリリと燃えた。

 煤けた暖炉、ぼろぼろのベッド、雪のように埃が積もった家具。それらは時が止まった世界の中で、ただそこに在り続けていた。


 レンクはマントで口元を隠し、埃が舞わないよう、そっと窓まで歩いていった。しっかりと打ち付けられた板をたたき割り、窓を大きく開くと夜風が部屋の中に吹き込んでくる。その風で部屋の中に降り積もり、舞っていた白い影が、ほんの少しだけ廊下へと転がり出ていった。


 窓の外に身を乗り出して息を胸いっぱいに吸い込んでからライティングテーブルの蓋を開けると、そこには小包が入っていた。レンクの掌に乗るほどの小さな包みはすっかり色褪せ、巻かれているリボンもところどころ切れ切れになってしまっていたが、埃や汚れはついていない。テーブルの中で眠っていたからだろう。

 指先でリボンの結いの目を撫でる。生憎と感慨にふける間はない。ベルトに括りつけた布袋に大切にしまい込んだ。レンクはこれを『彼女』に届けなくてはならなかった。それは遠い昔に交わした、果たさねばならない約束だ。レンクはこの約束を一日たりとも忘れたことはない。

「あの時の約束、絶対に守るよ。…だから、待っててね。」


 身を翻して部屋を出る。そのまま階段を駆け下り、レンクはそっと家から出て行った。

 遅いぞと不満げに地を掻く愛馬にまたがると大急ぎで本部へと走らせた。

 途中、部屋の鍵は茂みに投げ捨てておいた。もうこの鍵を使うことはない。

 

「おい、どこに行っていたんだ?」

 本部まで戻るとアマロが不機嫌そうに出迎えた。そういえば彼にひと言もないまま、抜け出してしまっていた。

「ごめん、これを取りに行ってたんだ。」

 他の者の目に触れないよう袋の中から例の小包をちらりと見せると、アマロは納得したのか、大きなため息をついて呆れた顔をした。

「それならせめて一言断りを入れてから行ってくれ…俺はいいが、いきなり指揮官がいなくなったら隊員たちが心配するだろう。」

「ごめんごめん…」


 小包を袋に戻して一撫ですると、アマロも手にしていた聖書をはらはらとめくり始めた。読んでいるわけではなく、ただページを捲って騒ぐ心の内を落ち着かせているのだろう。

「まあいいだろう。今、捜索隊から報告があった。変わった情報は特に無し………リースも『王女』も見つかっていない。」

「そっか…」

 リースが家から消えて半日。二人はできる限り広い範囲に捜索隊を出動させていた。この森や市街地だけでなく、城下町から離れた村まで徹底的に探しているが、めぼしい情報は見つかっていないらしい。


 リースが自分達の会話を聞いていたのは間違いないだろう。どこまで聞かれていたのかは分からないが、すぐに姿を消したところを見ると、おそらく「監禁する」というところを耳にしたのかもしれない。だとするとリースは自分やアマロの行動範囲外に逃れようとするだろう。森か、あるいは山へ逃れて更に辺境の地を目指したか……。どちらにしても、危険な地域だ。城下町に出てきてくれていれば、まだ安全ではあるが……。

「アマロ…もし、リースに何かあったら…」

 リースは強い剣士だ。簡単に死ぬことはないだろう。そして今は多くの団員達とともに仕事の最中だ。それは分かっているが、レンクもアマロも、そしてリースも、まだ17歳の少年少女だ。頭では取り乱してはいけないとわかっているのに、レンクは彼女の安否が不安でしかたなかった。


 リースのこととなると、自分は途端に意気地なしになる。子どもの頃からそうだった。アマロには昔から、よく笑われたものだ。『リースのことになると、レンクは少し頼りなくなるな』……仕方ないじゃないか。ずっと一緒に居た幼馴染で、強い剣士といえども彼女は小柄な女の子なのだから。それに何より彼女は自分にとって、否、恐らくアマロにとってもリースは……


 奥歯をぐっと噛み締める。悪い方に、悪い方にと思考が流れていくのをなんとか抑えようとしているのに、どうしても考えることを止められない。

「…落ち着けレンク。心配するだけでは、事態は好転しないだろう。だから俺たちは、俺たちに出来ることを全てしている。今は待つしかないんだ。悪いことばかり考えるな。」

 アマロの骨ばった手がレンクの肩に置かれる。長年、ともに過ごしてきた友人の手からは、レンクへの思いやりと、リースの身を案じていることが痛いほどに伝わってくる。そうだ、今は嘆いている場合ではない。一刻も早く彼女を、そして『王子と王女』を見つけ出さなければ。いつの間にか浮かんでいた涙をそっと振り払う。

「………ごめん。ちょっと頭を冷やしてくるよ。今度はすぐに戻るから。」

 そっと相棒から離れ、レンクは再び森へと向かった。

 

 本拠地から北に少し歩いたところに小さな泉がある。そこに湧き出る水は不思議な色に発光し、木々はそこにある程度の隙間を作るように身を寄せ合っていた。夜闇に紛れて他の場所では見なかった蛍がぼんやり青色に光っていた。この光の正体はヤバリホタルといって、澄んだ魔力を持つ海水を好む昆虫の一種だ。つまりこの泉はどこかの海と繋がっているのだろう。普通森の中に海水が湧いていたら森はあっという間に枯れてしまうはずだが、魔力を持った海水は植物を枯らさない。その代わりに飲み水としては使い物にはならないのだが。


 泉のほとりに立ってレンクは無造作にブーツを脱ぎ、足をまくった。そのまま腰を下ろし、じゃぶり、と泉に足を入れる。ひんやりした水の感触が心地良い。思わず体ごと投げ入れたくなるが、頭を冷やしてすぐに戻る、とアマロに伝えてきていたので、思いとどまった。

 レンクは乱れた心を落ち着かせるように、記憶を辿っていった。

 

 あれは今年に入ってすぐのことだった。リースが庭で畑仕事をしている最中、レンクはアマロと騎士団の書類仕事を片づけていた。事務的なサイン、訓練のメニューや第一騎士団以外の団長や指揮官に渡すための書類作成も一区切りつき、『少し休憩しよう』とアマロが椅子を立ったその時、アマロのカソックのポケットから光が漏れた。

「アマロ!?なんかポケットが光ってるけど………それ何?」

「ああ…『アイツ』からの連絡だ」

 アマロがポケットから取り出したのは、美しい群青の光だった。神秘的に光るそれはよく見ると小ぶりな水晶玉のようで、アマロがフッと息を吹きかけると、そこに一人の男の姿が浮かび上がった。男はじっとこちらを見つめている。


「久しぶりだな。アマロ」

 男は高く結われた黒髪を揺らしながら語りかけてきた。

「久しぶり、でもないだろう。ひと月前に定期連絡をしたばかりだ。」

 特に驚きもせず、アマロが答える。だがレンクにしてみれば、初めて目にすることな訳で。驚くのも無理はない事だった。

「え?!これで話したりできるの?!」

「…おいアマロ、レンクは定期連絡について知らないのか?」

「いや、連絡手段に驚いているだけだろう。定期連絡をとっている事自体は当然知っている。そんなことよりそっちの状況はどうだ?」

 映し出された男は『やれやれ』とでも言いたげに首を振る。

「俺は今ようやくマキシティの首都についたところだ。ここで武器や服を揃えてそちらに向かうつもりでいるが…そっちはどうだ?」

「…こっちはいつも通りだ。王子と王女は行方不明のまま…状況的には計画通りだな。…なあ?王子様?」

「…フン」


 映し出された男は行方不明になったはずのハーティームーン王国第一王子、リーフ・ハーティームーン。そして二人の幼馴染だった。十年前、彼は紛争から逃れてはるか遠く、王国の外まで逃げ延びた。そして長い年月をかけて母国に帰ってこようとしている。それももう隣国の首都まで来ているというではないか。

 しかし二人は幼かったリーフがどのようにして十年間生きてきたのかは知らない。ただ、別れ際にリーフに命じられた約束を守って生きてきた。そしてアマロだけが、この水晶玉を使って王子と定期的に連絡を取り合ってきた。もちろん王子の現況や連絡の内容は、すべてレンクにも伝えてある。


「…リーフ……本当に間に合うの?…あと半年もないんだよ…?」

 あと半年もすれば、リーフと王女は死亡したものと見なされる。まさに『生きるか死ぬか』の瀬戸際だった。だから彼らは時間に関しては細心の注意を払い、行動してきた。そうまでして内密に動く理由は一つ。

「分かっている。あと二ヶ月ほどで、そちらに入国できるだろう。…アマロ、悪いがそれまでに仮の拠点になりそうな所を見繕っておいてくれないか?」

「分かった。次の定期連絡までには用意しておこう。」

「よろしく頼む。…邪なるものは灼かるべし」

「邪なるものは灼かるべし」

 アマロが石に再び息を吹きかけると石に写っていたリーフの顔は消え、光も次第に消えていった。


「…すごいね、こんなの初めて見たよ」

 石の光が完全に消え去った頃、感じ入ったようにレンクが口を開いた。

「驚かせたようですまないな。別に隠していたわけではないんだが…」

「ううん、気にしてないよ。これでリーフと連絡をとっていたんだ…これも占星魔法なの?」

「いや、魔法というほどのものではないな…ほとんどは石の力だ。もっとも、魔力を持っていないと扱えないから、誰にでも使えるものではないが。」

「へぇ…なんていうか、流石アマロだよね。こんな便利なものまで持ってるなんて。」

「いや、これはリーフから預かった物だ。王家のを持ち出しているから誰かに見つかるとまずいんだ。」

「あ、だから定期連絡してるの見た事なかったのか…あれ?でもリーフもこれを使えるってことは、やっぱりリーフには魔力が宿っている、って事だよね?」

「そういうことになるな。」

「そっか…まあそうだよね………」


 スカイウォーク家が占星魔法を扱うように、王家ハーティムーン家にもその血統に魔力が宿っていた。古い歴史書には、かつてこの地に国を作る折、王族はその力で土地を荒らしていた巨大な魔物を抑えつけ、国を拓いたという伝説が残っている。

 その力が、善なる魂とともにあればいい。しかし……。

『邪なるものは灼かるべし』

 この王国に起こる大きな異変は、すでに間近に迫っていた。

閲覧ありがとうございました。

次回投稿を楽しみにお待ちください。

※この作品はpixivにて同時連載中となっております。

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