秘密
「報告!山中捜索隊、及び城下町捜索隊の編成が完了しました!」
「伝令!第一騎士団長殿より『準備が整い次第、団長テントに向かうように』とのこと!」
「…分かった。ありがとう、すぐ行くよ」
日が沈み星が瞬き始める頃、レンクたちが暮らす山中は騒がしくなっていた。あちらこちらで部下たちがそれぞれの任務を抱え、行き交っている。レンクはアマロのテントに向かいながら、今日のことを思い返してみた。
「リース? どこにいるの?」
例の件でアマロと話し込んでいるうちに、レンクは家の中にリースの気配がないことに気づいた。アマロの部屋を出て、耳をそばだてる。つい先程まで、いつものように、とてとてと廊下行き来するリースの足音が聞こえていたのに、今はすっかり静まりかえっている。
「どうしたんだレンク。何かあったのか?」
アマロの声にも応えず、家の中を歩きながら見回してみると、リースの部屋のドアが半開きのままだ。
「リース?」
覗いてみると、タンスの引き出しは開いたままで、周りにはリースの服が散らばっていた。まさか、と大急ぎでリビングに向かう。テーブルには朝食が並んでいる。それを確認するとレンクはそのまま足早に玄関に向かい、力任せに扉を開けた。外に出て辺りを見渡すと厩から馬がいなくなっている。レンクは立ち尽くしたまま、しばらく身動きもとれなかった。
「アマロ、リースが消えた!」
「なんだと…?!」
やっとのことで発した言葉にアマロは驚愕の表情を浮かべていた。逃げた、という言葉は出てこなかった。だが、おそらくリースにアマロとの会話を聞かれてしまっていたのだろう。そうでなければ馬二頭を引き連れて、それも行き先も告げずに突如としていなくなるはずがない。
その後はもう修羅場だった。今後の方針をアマロと手早く打ち合わせ、馬が戻ってくると音速で城に向かった。王族捜索保護隊を召集するためだ。
王族捜索保護隊というのは、今から十年前に行方不明になった第五王女と第一王子を捜索し、発見次第保護するという目的のために編成された騎士団の特殊捜索部隊だ。日頃はみな別々の団や部隊、組織に属していて、召集がかかるとこの一つの部隊を構成する。メンバーは幅広い年齢層から選ばれ、単純な戦闘力もさることながら、コミュニケーション能力や頭の回転の速さ、そして何よりも「目立たない」事が重視される。王子や王女がどこにいるのか、どの様な状況にあるのか、それは誰にも分からない。賑やかな街中かもしれないし、過疎の村かもしれない。平穏に日々を過ごしているかもしれないし、何かしらの事件に巻き込まれているかもしれない。どんな場所、状況でも人目につかずに行動できないと、王子と王女を保護できなくなる可能性もある。二人が良からぬ輩の支配下にあるかもしれない事を前提に考えると、やはり隠密に長けたものが重宝される。
今回の召集の名目は『近日、本格的な捜索を行う。そのための訓練と情報収集のため』というもの。皆、もうすぐ死者に列せられる王子王女への、せめてもの忠誠心を胸に動いていた。
「王保隊が召集されるなんて、もう何年ぶりだろうな…」
「そりゃあ…お二人が失踪してもうすぐ10年。お二人も死者になる間際なんだ。最後の大捜査くらいはするだろうさ。」
「今度こそデマやら誤情報でぬか喜び、なんてことにならないといいんだがなあ…」
仕度を整える兵士達のぼやきが聞こえる。
今でこそ誰一人としていなくなってしまったが、今代の王子、王女たちは国民からも敬愛されていた。それは現国王が執り続けてきた悪政への反発でもあり、同時に彼女らの御心の清らかさがあるからだろう。
『元々この国は美しく、豊かで平和な国だった。』
いつか学び舎で歴史を習ったとき、教官は始めにそう切り出した。
『ハーティームーンは周辺諸国とは協調路線をとり、勉学や宗教に始まり、あらゆる面に置いて自由な内政が特徴だった。だからこそ、多くの宗教や勉学、人種に文化が栄えていった。』
しかし三代ほど前の王による治世から、この穏やかさは乱れ始めた。国王に都合のいい禁制や条例が作られ、税金は増えていった。その変化は人々が反抗する隙もない程に急速に進み、軍備が強化され騎士団をはじめとする戦力の増強が続いた。当然それは周辺国からの警戒を呼び、外交上の問題にも発展していた。
隣国レインバースとは真っ先に対立してしまったし、他の周辺国は触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに離れていった。唯一友好関係にあった機械大国マキシティですら疎遠になってしまった。やがて国は孤立していき、今や人々の表情からは笑顔が消えていた。
スカイウォーク家の人間でさえ、王家の崩壊を止める事は出来なかった。
きっとアマロも、アマロの家族も悔しかったに違いない。彼の家系は王族に進言する事を許されていた。それなのに止められなかった。…時折アマロが見せる険しい顔も、それが原因なのかもしれない。
現国王を『史上最悪の暴君』と見る人は、千や二千ではあるまい。国の治安は堕ちるところまで堕ちていき、『山賊が出た』『飢えで誰かが死んだ』『一家が皆殺しにされた』…そんな話を聞く度に、レンクもアマロも己の力不足を恨んだ。自分にやれる事を全てやっても、結局焼け石に水で終わってしまう。
唯一、城から近い城下町だけは比較的平和な街並みを保っていたが、それでも決して治安がいいとは言えなかった。
やがて、この悪政を打ち倒そうと蜂起する人々が現れるようになった。彼らは数を頼りに『革命軍』としてまとまり、新たな世界を信じて正規軍に対抗した。そして驚くべきことに、彼らをまとめ上げてきたのは今代の王女達だ。彼女らは王族としてではなく、一人の国民として実の父に立ち向かうと宣言して城を飛び出したのだった。しかし長きに渡り強力な軍力を誇る軍事国家の実力には敵わない。革命軍はこれまでに何度か大規模な戦いを仕掛けたが、ことごとく正規軍に鎮圧された。彼らを率いた王女達は儚く戦場にその命を散らせ、あるいは行方不明となってしまった。姉が倒されると妹も同じことを宣言し戦場へ身を投げ込み、また命を落とす…そんなことが何回も繰り返された。
今や国民の希望は、残された王子と第五王女だけだ。しかしその二人も、十年前に起こった革命軍過激派による暴動の最中に失踪し、今も行方不明のまま。
この国の法律では、行方が分からないまま十年が経つと、それが誰であっても死亡したものと見なされる。勿論それは王族も変わらない。唯一革命軍に属さなかった第三王女、カーディリー・ハーティームーンは、巨大カジノで目撃されたのを最後に消息を絶ち、遂には帰ってこなかった。第四王女のリリス・ハーティームーンも革命軍の戦いを率いて戦線上から姿を消したまま、十年の時を過ぎて死亡と見なされた。二人とも遺体すら見つかっていないから、本当に死んだのか、どこかで生きながらえているのかも分からない。だが生きていたとしても、この国の法では既に死者であるから、再びこの国で真っ当に暮らすことは難しいだろう。
最後に残った王子と王女も人々の前から姿を隠し、もうすぐ十年になろうとしている。最後の二人も、遠からず死者として扱われることになるのだ。
国民は悪政に耐えながら待っていた。王国にとっても国民にとっても、国王の跡継ぎは行方不明になった二人しかいない。二人が死者となってしまったら、国王が崩御するまで耐えなければならない。そして国王の亡き後、この腐りきった国を良い方向に導ける先導者はいない。多分、スカイウォーク家でさえ…
この国にはもう王に立ち向かえる者は残っていない。過去に国王に叛旗を翻した革命軍も、王女たちの死や失踪とともに、事実上の崩壊を迎えている。もうすがる希望はその二人しかいないのだ。
そしてそんな状況であっても、消えた二人は帰らない。彼らももうすぐ、法律上の死を迎えることになる。もう希望は捨てた方が良いのかもしれない…そう思い、哀しい覚悟を決める者も少なくなかった。
そろそろ、この国の行く末を決めなくてはいけない。レンクは僅かに歯を食いしばり、アマロのテントを訪れた。開けたままの入口から中を覗くと、アマロは立ったままテーブルに広げた報告書や地図を見比べている。腰を90度近く曲げテーブルに手をつくアマロの様を見て、相変わらず大きな体格だなと心の中で苦笑していると、アマロはレンクの気配に気付いたのか顔を上げた。
「……準備はできたか?」
「うん…問題ないよ。そっちはどう?」
「万全だ。いつでも行けるぞ。」
「…わかった。なら、十五分後に指示を出そう。」
アマロはどんなときでも仕事が早い。何をやっても処理能力は抜群で、統率力も高い。本拠地の設営はそれは速く的確なものだった。…優秀さだけではなく、彼なりの王子と王女への敬愛や忠誠心があったからなのだろう。
「まあ座れ。精神統一も仕事の内だ。」
アマロはレンクに椅子を勧めると、自分も粗末な椅子に腰を下ろし、独り言のように口にした。
「…もう一年もないんだな。王子と王女の、死まで。」
「……そうだね。ねえアマロ、もし、もしもお二人が亡くなったら…この国はどうなっちゃうんだろう……?」
「俺に聞くな。………そんなこと考えたくもない。占う事だってな。」
「……そうだよね。」
アマロの家系であるスカイウォーク家は、建国当初から王家に仕える占星術師であり、聖職者の家系だ。アマロが言うには、スカイウォーク家の占星術は占いというよりも『占星魔法』であり、この世で使えるものはスカイウォーク家の血を継ぐ者だけらしい。そんな家系に生まれた彼がなぜ騎士団に入団したのかは分からない。ただ分かるのは、アマロが騎士として、また占いや占星魔法の使い手としても、実に優秀な男だということだ。そんな彼の口から『王子と王女が死んだ』と告げられたら…それはこの国の希望を断ち切り、人々を絶望の海に投げ込む紛れもない事実だ。しかし絶望の海の底でも、まだ微かに光は差し込んでいる。
「アマロ…もうそろそろ、頃合いなんじゃないかな…?」
「…そうだな。しかし当初の目的通り、革命軍は俺たちで率いるぞ」
「わかってるよ。決着をつけて、準備ができたら……王女をお連れしよう。」
最後の王族の一人、消えた王女の行方を二人は知っていた。
閲覧ありがとうございました。
次回投稿を楽しみにお待ちください。
※この作品はpixivにて同時連載中となっております。




