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LEAF MEMORY 〜始まりの鐘〜  作者: えんJOYラピス


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苦闘

「っ………!」

 クロノワールが両の剣で斬りかかる。それを剣で受け止めるとクロノワールはすぐに間合いを取り、再びこちらに向かってきた。

 やはり双剣と長剣では流石に分が悪い。リーチはこちらが優位だが、一撃を抑えている間に攻撃されてしまうのだ。それにレンクは水魔法は使えるものの、魔法での攻撃は苦手分野だった。

 ふと崩落した建物が目に付く。そうだ、と壁を蹴り、建物の上に登る。釣られるようにクロノワールも後を追う。屋上付近まで来ると、いっそう強く壁を蹴り上空へと舞い上がった。その衝撃で脆くなっていた壁が崩れるのをひらりと躱しながらクロノワールも飛び上がりレンクと同じ位置まで飛び上がってきた。ギラリとした眼光がレンクの瞳を射貫き、再び双剣を振り下ろす___


「『フラッシュフロッド』!」

 クロノワールの攻撃よりも早く、足元に激しい水流を呼び起こす。バランスを取りながら身体を押し上げるように上へ、上へ。打ち上げられた矢のように空高く。

 クロノワールを上空から見下ろすと、既に双剣を守りの型に構え、上空からの攻撃に備えていた。交戦中の敵に高所から見下ろされて真っ先に予感するのは上からの攻撃だろう。

 だがその上への守りこそ、レンクが狙っていた状況だった。

「『バブル』!」

 即座に自分の身体を水球で包み込み、そのまま先程の水柱と合流すると、水の流れを下、地面側へと切り替えた。流されるままにクロノワールへ接近し、すれ違いざま彼の足を斬り付けると、彼の上品なズボンは破れ、そこから覗く色白な肌は赤黒い傷跡から鮮血を噴き出させた。飛び散った血は線を描くように辺りを赤く染めていく…一瞬の出来事の筈なのに、レンクにはそれら全てがスローモーションのように感じられた。


 一方クロノワールはと言うと、足を斬られた痛みからか、小さく呻き端正な顔を歪めていた。切りつけたのは下肢…致命傷には至らないが、それでも機動力は大きく下げられただろう。

 着地と同時に再び彼に向き直り、斬りかかる。足場のない空中で姿勢を崩していたというのに、クロノワールはそれをしなやかに受け流す。地上に降り立つと、二人は同時に向き合い再び剣を交えた。

 弾き合うような応酬、クロノワールはレンクの懐に潜り込まんと距離を詰める。そうはさせまいと、剣のリーチを活かしながら、レンクは一定の距離を保っていた。お互いが自身の有利を押しつけ合っている。


 この戦いにおいて、最も重要になってくるのはスピードだ。クロノワールは身体も大きく、アマロほどではないにせよ、パワーもある。しかし体格では劣るものの、反射速度と動きの素早さではレンクが圧倒的に有利だった。攻撃されるより先に躱し、躱されるより先に攻撃が出来れば理想だ。

 だが、レンクには一つ懸念がある。


 クロノワールという男の戦い方には二面性があった。普段こそ紳士的で軟派な男だが、戦場での彼は昂揚すると戦闘狂と化してしまう。ただ眼前の敵を倒すことだけを考え、闘争本能の赴くままに双剣を振るい、圧倒する。美しくあらんと周囲を魅了しながら敵を破る戦い方と、獣のように本能に従うまま、周囲を畏怖させながら敵を屠る戦い方。どちらも非常に厄介だが、戦闘狂となった彼は見た目の美しさに拘らなくなる分、動きがより激しく、素早くなる。そうなる前に、終わらせなくては。


 剣を下段に構えクロノワールに斬りかかる。クロノワールのように背が高く、リーチの短い武器を扱う人間の弱点は低所、特に足元への攻撃だ。剣を持つ位置が高いからこそ、低い位置への攻撃には咄嗟の対処が出来ない。先程は高所からのフェイントだったが、次は真っ向から下を狙う。だがレンクの目論見とは裏腹に、それを弾き返すクロノワールの反応は異様なまでに速かった。


「(駄目だ!クロノ…もうスイッチ入ってる!)」

 既に彼は戦闘狂状態だった。レンクの一撃を食らってかなり気が昂ぶっているのか、足の出血を止めることもなく、双剣を握り込んだ手が容赦なくレンクに振り下ろされる。片手分を捌けばもう片方の剣を振り下ろす。かと思えば傷が開くことも厭わず足技を繰り出してくる。興奮から痛覚が遮断されでもしたのだろうか、足を斬り付けたというのに、クロノワールの素早さは増している。剣を捌く、足技を躱す、一度間合いをとってまた剣を避ける………こちらに攻撃の隙など無いのに、クロノワールの動きはより凶暴になっていった。


 躱されるばかりの戦いに痺れを切らしたのか、レンクの体力が余裕を失い始める頃には、クロノワールの双剣は両方同時に全力で振り下ろされるようになった。

 レンクは体力が削れていく一方で、クロノワールは今や痛みや疲労すら感じていないようだった。それどころか、ぎんまりと笑う口からは不気味な声が漏れ出ている。かっと見開かれたその目もぎょろりとレンクを追い続ける。狂化に大きな体躯も相まって一撃一撃がとても重い。


「ぅぐ……!」

 躱しきれなかった剣がレンクの左腕を捉える。抉るように斬り付けられた傷口が熱く熱を持って紅を零した。その隙を逃さない、クロノワールはもう一撃、また一撃とレンクに傷を負わせていく。

「ふふ……ははははは!!!」

 何が琴線に触れたのか分からないが、クロノワールは大笑いしながらこちらに突っ込んできた。

 それを躱すと、クロノワールは素早くこちらに向き直り、心臓を目掛けて双剣を突きにくる。

「『フラッシュフロッド』!」


 咄嗟にクロノワールを水流で押し返し距離を取らせ、その隙に一度体勢を整える。

 今のレンクにはもう余裕なんて無い。死なないように、絶え間ない猛攻を防ぐだけで精一杯だった。

「くぅ………!」

 服の下には防御のためにチェーンメイルを着込んでいるが、今はかえってそれが疲労を増幅させ、自分の髪すら重たく感じる。


 不意にクロノワールが高く跳躍した。太陽を背に、燦然と闘志に輝いた瞳でこちらを見据え、クロノワールは双剣を構える。まずい、強烈なのが来る___歯を食いしばり、頭上で必死に押し返す。重力とクロノワールの体重が手伝ったその一撃は重く、レンクの体力を奪っていく。

「第一騎士団の指揮官ともあろう者がその程度か!もっと僕を楽しませろ!」

 せり合う双剣を軸に、クロノワールはレンクを飛び越えるようにして後ろに周り込む。しまった、後ろを取られた!

「うぐっ…!」

 向き直った途端、腹に鋭い蹴りが入る。受け身を取る事も叶わず、そのまま背中から地面に叩きつけられる。急いで立ち上がろうとするも、そうはさせないと言わんばかりに胸を蹴り上げられる。肋を数本持って行かれたらしい音が響き、レンクは崩れ落ちるように蹲った。それをクロノワールは腕を掴み、引き上げてはまた何度も蹴りを入れる。口の中が切れ、吐きだしてもなお止まない、単純明快で暴力的な攻撃。普段の

 クロノワールなら、このような戦い方は決してしないだろう。


 今やクロノワールは、レンクを確保しようとは考えていなかった。繰り返し何度も痛めつけ、じわじわと嬲り殺すつもりだろう。そうでなければ、蹲る相手にわざわざ追撃を喰らわせる事も無い。ただその場で確保するなり、首を切り落とすなりすれば良い。それをしないと言うことは、彼の目的はレンクという不穏分子の排除から、ただ戦いの相手を蹂躙することに切り替わっている、ということだ。

 タチが悪い。これでは勝ったとしても、その後の戦線復帰は難しくなってしまう。既に視界はぼやけ、頭が回らなくなっている。誰の目から見ても、もうレンクが限界なのは明白だろう。何か、何か無いだろうか、この状況を打開できる策は………


「『スター・アロウ』!」

「!」

 不意に、レンクの背後から光の矢が無数に飛び出し、クロノワール目掛けて向かっていく。クロノワールは咄嗟に回避し、入れ替わるように星空色の影がレンクへ駆け寄ってきた。

「レンク!無事か?!」

「アマロ…!」

 血と泥に塗れて転がっていたレンクを抱き起こしたのはアマロだった。アマロも既にボロボロで、所々血で服が濡れている。ミルノと交戦していた時の怪我だろう。

 慣れた様子で治癒魔法を使いながらも、アマロはクロノワールから目を離さなかった。威圧感や警戒心をむき出しにした二人の団長はじっと睨み合ったまま動かない。


「アマロ………やはり君が首謀者のようだね。この国の騎士を従え導き、手本となるべき君が、どうして国民を誑かしてまでこんな見苦しい真似を?」

 剣を構え直しこちらを見つめ、問い掛けるクロノワールは多少冷静になったように見えたが、未だ鎖を引きちぎろうと暴れる狂犬のような目をしていた。

「………ミルノにも同じことを聞かれたな。この国は放置していたらいずれ滅びる。それを阻止する為だ。」

「君もそんな事を言うのか!確かにこの国が歩いているのは滅びの道だ!だが、それを変えるのは騎士の仕事じゃない!」

 腹の奥からクロノワールの言葉は、どこか悲しげにも聞こえた。

 ぎろり、と激情の瞳がアマロを睨む。


「騎士の仕事ではない、か………では俺からも聞こうかクロノ。お前が思う騎士の仕事とは何だ?」

「いつも言っているだろう?主君に絶対の忠誠を誓い、命を賭して御守りする……それが騎士だ。」

「主君を守る。ならば、それは何故だ?」

 ぐ、言葉に詰まったクロノワールから目を離さず、レンクの治療を続ける。全く派手にやられたものだ。

「ただ王の命を守るのが騎士の仕事か?お前は『何の為に』王に誓いを立てたんだ?」

「あの御方をお守りする為だ!」

「だから、何の為に?何のために王を守るんだ?」

 再び火がついたのか、クロノワールは肩で息をしながら剣を構えた。堂々巡りを続けるしかないアマロの質問攻めに、そろそろうんざりしているのだろう。それでも口を閉ざすつもりは無い。今話さなければ、彼とこの話をする機会はないだろう。


「前にも言っただろう?俺達は王ではなく、その実子である王女様と王子様に誓いを立てた。それはお前の言う通り、お二人を守るためでもあるが、何より俺達はあのお二人なら『この国を任せられる』と心の底から思えた。だから忠誠を誓ったんだ。この国をより良い方へ導いて下さると、誰もが怯えず暮らせる国にして下さると確信したからだ。俺達騎士が入団式で王に誓いを立てるのは、国王こそがこの国の土地を、人を、未来を守り導く先導者であるが故だ。王は国のために、そして民のためにある。だからこそ、騎士は王に誓いを立てる。民がより良く暮らせる国の為、身命賭して戦うと。俺達騎士が王を守るのは、間接的にこの国を守る為にある。だが、王が国を破滅に追いやる存在となった以上、俺達はたとえ主君でも剣を向けなければならない。それが国を守るという事だ。」

「それでも、王に忠誠を誓ったことに変わりはないだろう!神聖な誓いを反古にした言い訳でしかないじゃないか!!」

「……そうだな。だが、それも絶対服従の誓いでは無い。王が国や、俺の大切な人を脅かすなら、俺は戦う。国のために戦う事こそが騎士の務めだと信じているからな。……勿論これは俺の自論だ。お前にとって間違いなら、それはそれでいい。」


 クロノにアマロの言葉は届かないだろう。いや、正確には『理解はしているが受け入れ難い』という方が正しいだろうか。クロノはあの暴君と恐れられている王を誰よりも敬い、尽くし続けてきた男だ。彼にとって王という存在が守り従うべき王であるという事実は言葉程度で覆るものでは無いことは、アマロも、このやり取りを見ていたレンクも分かっていた。


「どうだレンク、立てるか?」

 アマロがレンクの体を支え、立たせる。まだ小さい傷や鈍い痛みはあるものの、治癒魔法のお陰か、折れた骨は元通りに戻り、戦闘への支障はなくなった。自力で立って見せるとアマロは安心したように息をつき、再びクロノを睨む。

「……まだやるか?レンクもずいぶん回復したし、二対一では分が悪いと思うが。」

「ミルノは………いや、その様子だとここには来ないようだね。」

「ああ。ミルノには暫く星と遊んでもらっている。戦場に舞うカフェオレが野放しではこちらも色々と厳しいからな。」

「相変わらず、君は厄介な魔法を使うな………」

 いつものように柔和な笑顔を作ろうとしているのか、クロノワールの表情は引き攣り、その瞳もギラついていた。水を打ったような沈黙の中、クロノワールと睨み合う。

 不意に周囲の雄叫びがどっと強まった。どうやらリース達の突撃部隊が到着したらしい。あの二人は何とか上手くやれているようだ。


「増援か………」

「どうする?こうなると、余計にここを守り抜くのは難しいぞ。」

「それでも僕は戦うしかない。それは君たちだって同じだろう?」

「………やっぱり…動けなくなるまで戦わないと、通して貰えなさそうだね?」

 アマロもレンクも、立ち上がり剣を構えた。クロノの意思を尊重する為にも、此処を全力で突破しなければ。

「当然さ。例え二対一でも、僕はここを死守しなければならないんだからね。」

「此処を突破されたら、城は指揮官を失うことになる。騎士団側も後がないぞ。分かっているのか?」

「そんなこと、僕がここで君達を止めてしまえば済むことさ。それに第2騎士団は、指揮官が居ない程度で崩れるほど脆くない。いくら君達がトップにいるからと言って、一般人の寄せ集めに簡単にはやられないさ。」


 クロノは余程、自身の部下を信じているのだろう。そしてその分、過信して現実が見えなくなる。確かにこの国の騎士団は第一から第四まで選りすぐりの精鋭ばかりだ。だが万一クロノワールが打破されたら、城内の騎士団は恐らく持ちこたえれない。如何に戦闘経験が浅く、騎士団の兵より弱いとは言え、彼等は騎士団の予想を遙かに上回る戦闘力を得ている。騎士団とは決定的に士気が違う。リースやリーフの存在が、国民の心に強く影響しているのは、大きなアドバンテージだ。

「そっか。なら僕らは全力でその一般人の寄せ集めを導かないとね。」

 剣の柄を強く握りしめ、立ちはだかる盟友に斬りかかっていく。もう語るべきことは何も無い。

閲覧ありがとうございました。

次回投稿を楽しみにお待ちください。

※この作品はpixivにて同時連載中となっております。

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