燃立
轟々と音を立てて燃えさかる炎に向けて水魔法を放つ。ジュッというくぐもった音と共に紅蓮のはためきは消え失せ、後には燃えかすと煙ったい蒸し暑さだけが残った。
「熱っ………」
消火活動を行いながら、レンクはアマロの姿を探していた。石の通信で、ミルノとの戦いに勝利し、この辺りに来ていることは分かっているのだが、いかんせん辺りが混沌としている。そのせいか、なかなか見つからない。戦場で闘う騎士の中にはレンクが増援に来たと思ったのか、声を掛ける者もいたが上手く誤魔化した。最も、声を掛けたとして、レンクを気にかけるだけの余裕がある者は一人としていなかったが。
「(アマロ……大丈夫かな?)」
流石にあのアマロがやられる、という事は考えにくい。というより、『考えたくない』のが正確な所だ。アマロがいなくなってしまうのは革命軍としても大きな損失だし、何より親友として彼には無事でいて欲しい。
「大丈夫、アマロは第一騎士団の……この国の騎士のトップなんだから………」
剣の腕が立ち、沈着冷静。魔法にも長けている彼ならば、きっと大丈夫だ。
自分の頬を両手で叩き気合を入れた。消火活動中とはいえ、ここは戦場だ。弱気になっては命がいくつあっても足りない。隙を作ってはいけない。五感を研ぎ澄ませれば、仲間達の雄叫びや断末魔の声、焼け焦げた瓦礫や血の匂い、風に乗って運ばれる砂や熱気が脳を刺激する。
不意に背後から足音が近づく。その刹那、レンクは剣を引き抜き忍び寄る影に剣を振るう。
耳を突き刺すような金属音とともに視界に入ったのは美しくしなやかな双剣とよく見知った顔だった。
「クロノ………」
「やあレンク。こんなところで奇遇だね?」
涼しい顔と軽い挨拶とは裏腹に、ぶつかり合ったその武器には殺意が込められている。きっとこの一件にレンクも関与していると気づかれたのだろう。それにしても何故だ。先程言葉を交えた時は気づかれた様子はなかった。ならば、何故?
「城の警備をお願いしてたはずのクロノがなんでここにいるの…?それに、これは一体どういうつもり?」
「レンク、君には失望したよ。まさか王や僕等騎士団を裏切るだけでなく、第二騎士団の諜報能力まで軽く見ていたなんてね。」
第一から第四までの4つで構成されている騎士団は、大体のバランスこそ取れてはいるが、それぞれ得意分野というものがある。その中でも第二騎士団は、諜報活動等の情報分野において輝かしい成績を残していた。つまりは情報のプロフェッショナルだ。だからこそレンクも他の革命軍のメンバーも、第二騎士団は特に警戒していた。しかしどうやら、どこからか情報が漏れ出たか、或いは勘づかれたらしい。
「それで?どういうつもりなんだい?こんな暴動を起こして一体何をするつもりなのか、僕に教えてくれないかい?」
「暴動か…………クロノにはそう見えているの?」
「何を言っているんだか……こんなにも醜悪な騒ぎを起こしておいて、これを暴動と言わずになんて呼ぶんだい?」
「これは革命だよ。」
二人の間に水を打ったような静寂が漂う。辺りは火災が起こり、騎士団と革命軍との戦闘も激化している。だというのに、ここだけ時が止まったかのような静けさがあった。
クロノはこの戦いを『暴動』だと言った。彼からしたら限界を迎えた国民の引き起こした、一時的な騒ぎに過ぎないのだろう。恐らくミルノとクロノが居れば、すぐに沈静化できると判断しての発言だ。確かにこの二人が同時に出てきてしまえば、打つ手はほとんどない。だがここまでの道のりで周囲の状況は少しずつ好転しているのをレンクは見ていた。アマロはミルノを追い詰めているのだろう。もしこれでアマロが押されているなら事態はもっと悪くなっているはずだ。
不意にクロノが言葉を発する。
「また『革命』か………第一王女の指揮から始まった革命軍は、リーダーを代えては負け越している。この国の革命軍は、もう羊の群れと同じだよ。ただ自分の理想を口にするだけで、力もないのに国王に盾突いて死んでいく。革命軍を愚弄するつもりは無いけれど、これではなんの意味もない暴力集団じゃないか。」
「そっか………クロノにはそう見えるんだ。」
クロノの言い分は言葉こそ酷いが、その根本は彼にとっての正論だった。この国の革命軍は確かに何度も戦いを挑み、そしてその度に負けている。革命軍による活動は、騎士団にとっては騒ぐほどの事でもない、という事だ。しかし今回は今までの戦いとは違う。物資の流通ルートを確保し、参加者の戦闘力の底上げも、高いレベルで実現できた。それを可能にするメンバーがいた訳だが、クロノはそれを知らないらしい。ミルノが劣勢に置かれていることも、戦況が少しずつこちらの優位になっていることも、まだ気づいていない。伝令も来ていないのだから無理もない話だが。
「……だけどね、レンク。君達革命軍や、国民の気持ちだって僕は理解しているつもりだよ。今の国王陛下は民にとっては敵だろうね。だけど僕は陛下に忠誠を誓った騎士だ。あの御方を悪く言う訳には行かないし、君達を城へ進軍させる訳にも行かない。」
「!」
ああ、そうか。やはり彼は国民のことを思っていないわけでは無かった。クロノワールはきっと、自身の忠誠心と愛国心の間で板挟みになっている。騎士として王に忠誠を誓いながら、荒んでいく国を案じている。しかしその忠誠心から、レンクやアマロのように革命軍に属することを、自身に許さない。だから彼は革命軍と戦い、王を守ることを選んだ。全力で国王を守る為に戦い、敗北したら全てを革命軍に賭ける……国王に絶対の忠誠を誓うクロノワールにとって、これが最善の選択肢だったのだろう。
「……なら、全力で戦わないといけないね。」
「元よりそのつもりだよ。僕は騎士として、君たち革命軍を倒さなくてはならない。既に城周辺と城内の警備は固めた。君たちが城に入るには僕達を倒すしか無い。」
双剣を構え戦闘態勢を取るクロノワールに向き直る。こうなってしまった以上、クロノワールとも闘わねばならない。勿論それも覚悟の上なのだが。
「言っておくけど、手加減はしないよ?」
「ああ、わかっているよ。君の方こそ努々その首を落とさないように気を付けることだね。」
戦場の風が頬を撫でる。クロノワールは真っ先に斬りかかってきた。クロノワールにレンクほどの素早さは無いが、獲物が小さい分、連撃の速さが比べものにならない。おまけに彼は双剣使いだ。一撃を防いだからと言って安心してはいけない。相手は残った片手にもう一撃を持っているのだから。
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