星とカフェオレ
そこまでだ、アマロ・スカイウォーク。」
刹那、巨大な槍がアマロの真横をすり抜ける。視界に一瞬だけ映った薄茶色は液体のように柔軟に身を翻し、アマロの目前に現れた。
「これ以上はこのカルクレア・ミルノが許さん。」
「ミルノか………」
第二騎士団指揮官カルクレア・ミルノ。その強さと柔軟な動き、そして美しい髪色から『戦場に舞うカフェオレ』の異名を持つ女騎士。細身の体に似合わず、巨大な槍を自在に操るその姿はあらゆるものを驚愕させ、魅了した。
指揮官と団長、団を率いる者同士の対峙に周囲は圧倒されていた。何人たりとも邪魔をさせない、そんな重く息苦しい空気がその場を包み込む。辺りは依然、革命軍と騎士団との戦いで騒がしいはずだが、この二人の周りだけ音が消えてしまったかのような静寂だった。
「相変わらず野蛮なものだな、スカイウォーク。貴様ら団長どもは、ろくに考えもせず、力技ばかり…自分の主君が誰なのか、考える頭もなくしたか?」
「お前は相変わらず、俺たち団長に厳しいな。」
「当然の評価だろう?策略もなく、品性もなく、その挙句忠誠心もない。そんな人間を私は騎士とは認めんぞ。」
敵前ながら苦笑する。彼女の口からは似たようなことを幾度となく聞いていた。闇雲に突っ込んでいく団長よりも戦略を練る指揮官の方が立場が上であるべきだ、という思想の彼女はアマロだけでなく、他の団長たちにも同じように突っかかっていた。騎士団長を厭う彼女に何度挑発されてきたか、アマロは既に数えるのをやめていた。そんな彼女だからこそこうしてアマロへ挑みに来たのだろう。
ため息を一つ溢すと、ミルノは憎悪の目線をこちらに投げかけた。
「お前達団長は常日頃から、ただ闘うことだけに気を取られてばかりだと呆れていた。が…まさか己が主君すら忘れてしまう程の愚か者とはな。私の評価はまだ甘かったようだ。」
ミルノの槍が一切の迷いなくこちらに向けられる。
「…一つ訂正させてもらう。俺が忠誠を誓っているのは王じゃない。今では最後の希望であらせられる双子の王女、王子様だ。」
まるで陸に打ち上げられた魚を見るような目で、ミルノは嘲笑した。
「ついに妄想にまで取りつかれたか。あのお二人は10年前にお姿を隠され、全勢力を以て捜索しても依然見つからない。そんなお二人に、つい5年前騎士団に入団した貴様が、いつ忠誠を誓える?」
ああそうか、彼女は第一騎士団のツートップと王族の双子が幼馴染であることを知らないのか。当事者以外に知っている者はいるのだろうか。アマロ達がリースたち双子に忠誠を誓ったのは、騎士団に入団するよりもずっと前、まだ何も知らない幼い頃だ。
まるで子供の飯事のような、長ったらしい上官の話も、いかにもという飾り付けも無い、誓いだったけれど。当時のアマロにとっては、その誓いこそが自分なりの忠誠心だった。その忠誠を、アマロは一度も忘れたことはなかった。だから今、こうしてここにいる。
『これから先、なにがあってもリースのこと、ずっとまもるよ。ずーっとずーっと、ぼくらがまもるよ。』
何の覚悟も出来ていない、戦場の厳しさも知らない。ただ大好きな少女に、笑ってそこに居てほしいだけだった。だが、戯言と一蹴されるような、その言葉を生涯貫くために生きてきた。
今も昔も、主たる彼女が望んでいるのは『平和』だ。絶望することも、恐れることも怯えることもしなくていい毎日。それが幼い頃からの、狂った王を誰よりも間近で見つめ続けたリースの願いだ。それを叶える手助けをするのが、アマロなりの忠誠だった。
「妄想か…。お前がそう感じたのならそれでいいさ。俺は俺の、お前にはお前の忠義の形がある。それで十分だろう?」
「ふん………その余裕ぶった顔がいつまで持つか見物だな。」
構えられた槍が鋭く光る。ミルノはいつだって、誰よりも騎士としての使命を全うしてきた。そこに一切の加減は存在しない。
刹那、槍と剣が突き合う音が辺りに響く。金属特有の音は耳に刺さって自分が戦場にいると、彼女が全力で自身を殺しに来ていることを明瞭に伝える。全身の血が沸騰しているかのように熱く滾った。
「たとえ相手が女性で同僚であっても、俺は手加減出来ないぞ?」
「加減など無用だ。暴れるしか能のない駄犬に、負けるつもりは無い。」
「これはまたずいぶんな言われようだな。」
苦笑もそこそこに一気に間合いをとり、剣を中段に構え直す。ミルノも同じく槍を構え間合いを合わせる。
彼女と戦闘になることはある程度、予想も覚悟もしていた。流石、第二騎士団の指揮官にまで昇り詰めた相手だ。対峙しただけでその実力は伊達で無いと分かる。魔法も使えない、それも相手が女性とあれば、油断する人間は多いだろう。だが彼女の実力は本物だ。魔法を抜きにした戦闘能力だけでなら、恐らく彼女の右に出る者はこの国に居ないだろう。守りの薄い一点を、僅かなブレもなく突いてくる技術。相手だけでなく、その周辺まで目を光らせ、動きを予測する視野の広さと思考力。アマロが必死に猛攻を避けている間にも、彼女は二手、三手先を予測して動いているのだろう。突きを右手に避ければ、鋭い蹴りがアマロの脇腹に飛んでくる。それに呻く間も無く、ミルノは膝を軽く曲げ、突進の構えを取っていた。
「(正面っ…!)」
ミルノの次の動きを読んだ瞬間には、彼女はもう既に地を蹴っていた。迎撃は間に合わない。
「『サクトム』!」
咄嗟に占星魔法の盾で攻撃を防ぐも、ミルノはそれすら読んでいたのか、喚び出した盾を蹴り、間合いを取り直す。
「っ『コメイム・ニケ』!」
鉄より固く、絹より靡く髪が地中からミルノ目掛けて襲いかかる。
着地した瞬間を狙い、彼女の動きを封じるつもりだったが、それすら簡単に躱されてしまう。
攻撃を与える隙がまるで無い。仕掛けたとしても、すぐに躱され、逃げられてしまう。なのにこちらの隙は一切逃がさない。
本当に液体でも相手にしているかのような錯覚に陥る。
槍を構え、再び正面から突進してくるミルノを右に避ける。巨大な槍は背後の建物に突き刺さった。ほんの僅かだが隙が生まれた…!
そう思ったのも束の間、鋭い衝撃が腹部に広がる。状況を飲み込めずに視線を下に向けると、ミルノの足が深くアマロを蹴り込んでいた。槍を敢えて突き刺し、隙を作ったと見せかけ本命は蹴りの一撃。槍を支柱に飛び上がりながら蹴り込むことで、その威力も増し、攻撃と同時に槍を抜く事も出来る。
「(……戦り辛い…!)」
流石、第二騎士団の指揮官まで上り詰めた女騎士だ。このままではいけない…
「『スター・アロウ』!」
数多の光の矢がミルノへと飛んでいく。雨のように降り注ぐそれらを、ミルノは涼しい顔で躱し、再びアマロとの距離を詰めていく…
「(おい冗談だろう?コイツは本当に、魔法の使えない人間か?!)」
戦闘中だというのに、呼吸の気配すら感じさせない、舞っているかのような洗練された動き。最早ミルノの独壇場だった。『戦場に舞うカフェオレ』はアマロを此処で確実に仕留めるつもりだ。
一瞬でも気を抜いてしまえば、その先にあるのは死だ。それだけではない。ここで死んでしまったら、革命事態どうなるか分からない。
此処で負けるわけにはいかない…
真っ向から突き進む槍の一閃を迎え撃ち、再び距離を取ると、こちらを鋭く見据えるミルノと目が合った。
「覚悟しろ!アマロ・スカイウォーク!」
閲覧ありがとうございました。
次回投稿を楽しみにお待ちください。
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