星雲
「(リースは戦うことを選んだか…)」
城下町の細い路地をたどりながら、アマロはリースのことを考えていた。
先の幹部会議で、リースは最後まで革命軍の一人として戦うことを選んだ。
エル…リーフと結論づけたそれを破るつもりはない。彼女が戦うと決意したのなら、俺はやるべきことをやり、彼女の後押しをするだけだ。
それにしても、誓約違反に腹を立てたとはいえ、大事な作戦前に軽率なことをしてしまったと自省する。幹部が取り乱しては、それに続く者達にも不安を与えてしまうと言うのに、それを忘れて感情的になるとは。冷静さを欠かない性格だと自負していたが、どうやら自分はまだまだ修行が足りないらしい。己の未熟さと同時に、リースの存在の大きさを改めて実感した。
「(この国が変わったら、この胸の内を明かすこともできるだろうか…)」
国一つ変えるのは容易いことではない。この戦いで王の首を討ち取ったとしても、困窮している国民への対応や現王制に関与した要人達の処遇、戦いで破壊された建物の再建設や今後の政治…為すべきことは山のようにある。そしてそれを行うのは革命軍の代表格であり、最後の王位継承者となったリース達だ。騎士として、そして何より大切な友人として、彼らを支えなくてはならない。それ以外の雑多な私情は後回しでいい。
精神を研ぎ澄ませるように目を閉じ大きく息を吸い、そっと建物の影に隠れ目前に聳え立つ城に目をやった。連絡用の石にそっと息を吹きかければ、淡く光を放つ。これがリーフへの行動開始の合図だ。刹那、遠くから響くような地響きと大きな爆発音が巻き起こる。それを皮切りに率いていた部隊が砂埃を上げながら、狼煙の如く燻る煙を目印に猛進する。耳を割らんばかりに、そこかしこから聞こえてくる金属音や銃撃音、戦士たちの雄叫びに鼻をつく硝煙と血の匂い。爆破によって崩れた建物の残骸。全身で感じ取る戦場が、命を張って戦っているという事実で身体中を満たしていく。戦いを好んでいるつもりはないが、戦うことに躊躇いはない。そのせいか、周囲からは『戦っているときすら無表情だ』と言われてきた。今自分はどんな顔をしているのだろう。もう少し表情豊かだったら、或いは本当に戦闘狂だったら戦いに快楽を感じて、大声を上げて笑っているかもしれない。
突然の奇襲に、辺りは蜂の巣を突いたような大騒ぎだ。城の正門からは既に何人もの兵士が噴き出るようにして駆けつけている。目算だがおおよそ城に常駐している兵士の半分、といったところだろうか。成果としては上々だろう。
高く澄んだ晴天の朝に火薬と血の匂いが立ち上る。足元から揺らめく土煙が視界を曇らせ、景色を薄茶へと変えていく。それに負けじと、五感と精神を極限まで研ぎ澄ませて目を凝らす。この状況そのものが、いつだって自分をただの人から、命懸けで戦う誇り高き剣士として覚醒させるのだ。
だからこそアマロは、騎士団の戦闘ぶりに少々不満を抱いた。いかに早朝の、それも奇襲と言えども騎士団の統率は全くといっていいほどに取れていない。否、これは統率の問題ではなく士気の問題だろうか。
一国を守るべくして戦う騎士団が、国の最重要拠点を簡単に陥落させてしまっては意味がない。それ故に騎士団に属する者は全員、籠城戦や白兵戦、もちろん奇襲を含めた戦闘訓練を受けている。そう、あらゆるケースを想定しての訓練を積んでいるはずなのだ。アマロ自身も当然、部下達に稽古を厳しくつけてきたつもりだった。騎士団の中でも戦闘に特化した第一騎士団…そう言わしめるだけの、精鋭揃いの騎士達のはずなのだ。それが今はどうだ、突然の奇襲を鎮圧するどころか、そもそも戦闘ですら全くなっていない。
鍛え方があまりにも甘かった。いつでも、どこでも、誰とでも戦う覚悟が全くもって足りていない。
騎士がどれだけ重税を取り立て土地を奪おうとも、それは国王や貴族、役人に代わって行う仕事であり、彼らも国民を苦しめたいが為に行っているわけではない。愛する家族のため、自分自身が生き残るために、そうせざるを得ないのだ。今ここにいる革命軍だって、元を正せば自分や家族と同じ立場だった人間だ。そんな相手と戦うには、並大抵の覚悟では敵わない。そこ立っていたのは、自分の家族だったかもしれないのだから。けれど戦わねばならない。立場のため、自分達が生き残るため、家族を守るため…これが善と悪の明確な戦いだったらどれだけ楽だっただろうか。勧善懲悪の戦いだったら、彼らは何も気にせずに戦えただろう。けれどこの戦場には善も悪もない。この場にいるのは、ただ平穏に暮らしたい人間だけだ。そんな苦しい戦いをする覚悟が、騎士団には足りていなかった。
それならば___
アマロは剣を抜き、腹の奥から戦場に轟く程に叫んだ。
「第一騎士団団長、アマロ・スカイウォーク、推参!!」
「だ…団長!」
「団長!なぜ貴方が革命軍に…!」
「騎士団の長たる貴方がなぜこのような…!」
名乗りを挙げたアマロに向けられる視線は、驚愕や絶望、疑念や悲しみといったもので満ちていた。
ああ、あいつは田舎から来た新人だ。その奥にいるのは酒場の看板娘に恋焦がれている男だ。横で剣を構えているあの者は伸びしろがあると先日指導した彼か。アマロは部下達の顔を全員、明確に覚えていた。
彼らは誰かの駒ではない。彼らにだって愛するもの、守りたいものがそれぞれにある。だからこそ、王の政治に不満を抱えている者は大勢いた。その政治で家族を失った者だって、少なくなかった。けれども騎士という立場上、王室や政治への批判などしては文字通り首が飛んでしまう。
彼らは生きていくために不満を殺すのだ。
そんな彼らを置いて、一人革命軍に加担している自分を、アマロは時折情けなく思った。彼らも連れてくることができたらと、一人頭を悩ませたことだって何度もあった。だが革命軍の話を持ちかけたところで、彼らは生きるために、革命軍を壊滅させなければならなかっただろう。
ならばせめて、少しでも救いのある道を選択するまでだ。王を倒し、部下として働いていた彼らも救われる、そんな道を。
「……すまないな。だがお前たちも分かっているだろう?このまま王を放置しておけば、この国はいずれ滅びる。それを避けるには最早戦うしかないんだ。」
「団長…!しかしそれでは我々は…!」
「解っている。今の俺は王に仇成す反逆者、お前達の敵だ。これが俺の、アマロ・スカイウォークの決断だ!さあ、お前達も決断しろ!こうして敵として合間見えたならば、成すべきことは一つのはずだ!」
一喝すると彼らも覚悟を決めたのか、一斉にそれぞれの武器を構えて向かってくる。レンクと共に手塩にかけて鍛え上げた、第一騎士団の大切な部下達。所属する団も違うというのに、身の程知らずにも教えを請いにきていた第二騎士団の者。他にもよく見知った顔が、必死の形相で迫ってきた。
騎士とは主に仕え守る者。王を主とした彼らにとって、今の自分は敵だ。王を守る為、そして国を守る為に命を賭して戦う者の集まりが騎士団なのだから、国王に叛逆する自分と戦うことになるのは致し方のないことだ。
だからと言って、殺したくはない。しかし彼らは死を恐れず戦いを挑んでくる。どれだけの束になってかかっても、勝ち目がないのは承知の上だろう。それでもなお向かって来る彼らに対し、死なせないように戦うということがどれだけの非礼なのかは分かっている。しかしここにいる全員が、ただ生きていたいだけの人間だ。ならば命の駆け引きなど必要ない。気絶でも拘束でも、何でもいい。戦闘不能にしてしまえば…!
彼らは次々と倒れていく。当然だろう、数では劣るものの、実力はアマロの方が圧倒的に上だ。この分ならばレンクやリースたちとも早めに合流できるかもしれない。
そう思っていた矢先に現れたのが、あの騎士だった。
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