戦闘開始
リースと共に本部に出向き、幹部たちと最後の打ち合わせを済ませ、同時に自分たちの出自を明かした。王位継承第一位である姉には、腕の立つ幹部が二人護衛に就き、一足先に待機場所へと向かっていった。リーフはその後を追うように自分の持ち場に向かいながら、この数ヶ月の姉との日々を思い返していた。
半ば強引に反乱軍に引き入れ、初めこそ所在なさそうにしていた姉だったが、すぐに仲間とも馴染み、今や共に反乱軍を率いる象徴的立場に立とうとしている。リース自身の考えの変化と共に甦った記憶と王族の証も、きっと彼女の背中を押したのだろう。
この国の王族は特徴として皆体の一部に“証”が刻まれる。それは普段は不可視化されている紋章のようなもので、強力な魔力を保有するこの国の王族にのみ遺伝子で受け継がれた、唯一無二のものだ。魔力を充てることによって浮かび上がるその証は、今となっては偽造することも技術的に不可能な代物となっていた。言わば、それは正真正銘の王族であるという証拠だ。
そんなものを見せつけられた革命軍は、はじめこそ心底驚いていた。しかしそれを不審に思うでもなく喜ぶ姿を見ると、やはりこの国は限界に等しいのだろうと思う。民衆がよほど追い詰められていなければ、こんな突飛な出来事を疑うこともなく喜ぶなどあり得ない。まあ、背景はどうあれ士気が高まったのだから良しとしよう。
リースの“証”は右の手の甲に刻まれていた。ちょうど、リーフと左右対称の位置だ。双子の場合、証は似通った場所に現れるらしい。幼い頃に何度か彼女の証は見ていたので今更だが。
この国が建国されて以来引き継がれてきたその証は、かつては城仕えの魔導士、あるいは魔女と呼ばれる人間が、その遺伝子に組み込んだものらしいと書物で知った。幼かったリーフは何故そんなことをしたのか、不思議でならなかった。だが成長し、10年前の革命や革命のため奔走する旅を経た今なら分かる気がした。
自分で言うのも気が引けるが、姉から見た自分は随分と胡散臭い人間だったと思う。10年前、3人を逃がしたリーフは、その後一人国外へと逃げ延びた。元より魔力に乏しいリーフが運命操作の魔法を使えるようになったのは、邪神との取引によるもので、自身の力では無い。革命軍から逃げ延びるという運命にするには魔力が足りず、3人を逃がすのが限界だった。リスクを自分で買って出て、3人には確実に安全圏にいてもらうのが当時の最善策だった。
その結果、暫く国外を放浪することになったのだが、案の定というか予想通りというか、王室はリーフを追って、真っ先に他国に調査を向けた。たかが子供相手によくもまあ徹底したものだと思ったが、その子供は紛れもなくハーティームーン家の王女と王子だ。逃走先で拉致でもされれば、現王室を揺さぶる格好の餌になる。やり方次第で、ハーティームーン国を配下に置くこともできるのだから、王にとっては権威を揺るがす事態だったことだろう。
だが、それにしてもリースのカリスマ性は見事なものだ。人を引き付ける力。魅力とも少し違うような気もするが、彼女には人を導く才がある。
エルとして出会ってからのリースは、常に自分に厳しく他人に優しい人間だった。それは革命軍の幹部としても同じで、彼らを纏めるリースの姿は、正しく今まで国民が求めてきた王女の姿そのものだ。
姉を見ていると、彼女は王家に生まれたから王女になったのではなく、王族になる為に生まれてきたのではないかと、ときどき思う。あの紋章が王女として姉を選んだ………御伽噺のような考えだが、それ程までに彼女は優しく、強く、堂々としていた。
証など無くとも、彼女が王女だと言われれば誰もが信じてしまうだろう。
「…そうか」
歩みを止めて、リーフは空を見上げた。東から少しずつ、夜の闇が西へと追われていく。その空に、まだ光を失わずに輝き続ける星々がある。もうすぐ星の輝きは曙光にかき消され、代わって日輪が空と大地を照らすだろう。
「姉上は、存在そのものが王女なのだな」
太陽は真昼の世界を力強く照らし、太陽が休む夜には月が世界の灯りとなる。月さえ隠れる晩には幾多の星々が、暗い空を乳色に明らめてくれる。どのような時にも光は天空に在って、世界を照らし、旅人を導き、森に眠る獣たちを柔らかく包んでくれる。
姉は天空の輝きなのだ。その光が弱まることはあっても、消えることはない。そしてその存在そのものが、天空の光輝たる証になる。
姉と俺の手に刻まれた紋章は、この十年の間、見えない力で俺と姉をつなぎ止めてくれた。そしてそこには、二人の友人の助けがあった。俺たち四人のうち誰か一人が欠けても、今日という日は来なかっただろう。
俺は再び歩き出した。少し早足になっている。持ち場に着くと装備を改めた。何の問題もない。周りには革命軍の精鋭たちが息をひそめて待機している。俺はアマロとの連絡用の石をポケットから取り出し、左手に握りしめた。レンクにも、同じものを渡してある。あとは「その時」を待つばかりだ。
…そういえば、アマロが口癖のように言っていた。『家は家、俺は俺だ』と。あいつは自分自身をよく知っている。だがこの国の多くの人々は、自分が何者なのか、気づかないまま生きている。隷属の中で、目を塞がれたままで。
「だが、それもここまでだ」
俺はこの国の第一王子、王女たる姉上の双子の弟、リーフ・ハーティームーン。
俺は、これから自分がなすことを知っている。
俺たち姉弟は、自らの意志でこの国を変える。
空が急に明るさを増した。
握り込んだ左手から閃光のように青い光が走る。
作戦開始だ。
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