告白
決行日の夜明け前。革命軍のメンバーは、重い緊張感に包まれていた。もうすぐそれぞれが持ち場につく。そして朝日が昇ると同時に戦いが始まる。陽動が起きて城の警備が薄くなったら突撃開始…命だけで無く国の命運も掛かっているのだから皆真剣だ。かく言うリースも今までに無い大きな戦場に気が高ぶっていた。
それにしても共に住んでいた仲間に監禁されそうになり、逃げ回った末が革命軍の幹部とは。レンク達の思惑は何だったのか、その割何故自分を見つけたにも関わらず何もしてこないのか、何故自分がこんなにもあっさりと受け入れられたのか、色々と解せないことも多すぎるのは事実だが考えたところでこの状況は何も変わらない。今は目の前の戦場に集中しようと早まる心臓を落ち着けるように息を吐く。辺りを見渡すと緊張している者、血気盛んな者、仲間同士で話をしている者など様々だ。
「緊張しているか?」
エルがそっと隣にやってくる。
「うん……訓練と違って、下手したら命も無くなっちゃうし、未来も懸かってるからね…緊張もするよ。」
「そうか。……装備も万全なようで何よりだ。」
エルはいつものようにマントで口元を隠し表情が読めない。ただ、その下に隠れた思いはきっとリースや周りのメンバーと同じように真剣なのだろう。
「………なあ、リーフ。お前に少し話したいことがあるんだが、良いだろうか?」
「話……?今じゃなきゃダメなの?」
出陣前だというのに何の話だろうか。心なしか、胸の内がざわついてきた。その話というのを聞くのが妙に怖い。聞けば何かが変わってしまうような、今まで信じてきた何かががらりと音を立てて崩れ落ちていくような気さえした。
「そうだな。今だからこそ話しておきたい。」
「今だからこそ…?」
「ああ。少しこちらに来てくれるか?」
仲間達とは少し離れた森の入口近く。そこなら皆を見失うことも無い。小声が聞き取れる程度の距離で、二人は木の幹に寄りかかって話し始めた。
「………それで、話って…?」
「………リーフは知っているか?この国の双子…第五王女と第一王子が失踪して今年で十年、このまま見つからなければ死亡したと見なされ、いよいよ現国王の跡継ぎはいなくなる。」
「勿論知っているけど…それがどうしたの?」
跡継ぎの二人が失踪。革命軍の焦燥は正しくそれだ。この革命で王を打ち倒すことが出来たなら、自分達で法を作る事だってできる。そうなれば例外として二人が戻ってくるのを待ち続けるように、捜索期間の延長も死亡手続きの見送りも可能になる。胸のざわつきが、さっきよりも大きく、激しくなっていくのが分かる。
「もし、だ。十年前に失踪した二人が生きていたとしたら今は何歳だと思う?」
「………確か、お二人は七歳の頃に行方がわからなくなったよね。そうしたら一七歳になるけど…?」
「そう、ちょうど俺達二人と同じ年だな。」
「……それが…何?」
エルは何を言いたいのか。想像もつかないが、頭が困惑で埋めつくされていく。彼は何が言いたいのだろう。マントに覆い隠された顔は、俯きながらも目だけはこちらを見据えていた。ナイフの刃先のように鋭く、何の曇りも無い目だ。
「…お二人は城の中で考えた。下手に姿を公に見せてしまえば命を取られてしまいかねない。そこで王子は側近の、信頼できる者に王女を守り続けるよう命じた。その命を受けた二人は王女を安全な場所へと匿った。一方で王子は王女の身に危険が及ばぬよう、彼女の記憶を抹消した上で他国へと逃げ延びた。そして自分の手で腐敗した王政にピリオドを打つべく、秘密裏に準備を続けた……これが俺の考えたシナリオだ。」
まるで舞台の上で物語を紡ぐ役者のように、揚々と語った。だが、はっきり言って破綻している。わずか七歳の子供に、そんなことができるわけが無い。
「そんなの無茶だよ…たった七歳の子供だよ?そんな子供が他国で、それも見つからないように生き延びよう、なんて………」
これまで、エルはリースに対して「ノー」と言ったことがない。リースに対しては、エルは常に肯定から始めた。だがリースは、エルに対して言いようのない安心感や懐かしさを感じながらも、それを拒否する意識も働いていた。『エルを知ろうとしてはいけない』と言う声が、自分の中から聞こえてくるようにすら思えていた。そしてエルもまた、詮索されることを極度に嫌った。……なぜ?リースの頭の片隅に生まれた疑念を知るよしもなく、エルは言葉を続けた。
「王族は命を狙われる存在だ。だとしたら有事の際に使える生活基盤の整え方は、教養として身につけていてもおかしくは無いだろう?」
「なら記憶は?人の記憶をきれいさっぱり、どうやって消したっていうの?」
「身分を隠せば必ずどこかでボロが出る。だったら知らない振りをするのでは無く忘れて、本当に『知らない』状態になってしまえば気付かれる可能性も低くなる。」
「だからどうやって…」
「『運命操作』………かつて神がこの世界を作る際に使われた、全ての運命を操る魔法。………この国の住人ならば誰でも知っている話だと思うが?」
運命操作の魔法。
それは昔話に出てくる古の魔法だ。多くの出来事や命に干渉する、神が操ると言われている魔法。この国の住人なら幼い頃に必ずといって良いほど絵本や昔話で知る話。そんな架空の存在でしかない魔法が、本当に存在しているというのか。突飛すぎるにも程がある。
「所詮おとぎ話だと言う目をしているな?だがこの魔法が本当に存在しているとしたら、全て繋がる。逃亡も記憶の抹消も、何なら追っ手に見つからず生活していくことや、今まで彼らが見つかっていないことだって、それで説明がつくだろう?」
「そんな無茶な…」
「本当に無茶だと思うか?事実と照らし合わせれば合理的に説明できる。王女は魔法によって、一部の記憶を抹消される。そして信頼する部下に守られて暮らし、成長する。王子は国を離れ、悪しき王制を打倒するべく準備し、時が至れば故郷に戻って革命の狼煙を上げる。…今のお前と俺のようにな。」
何故エルは知っているのだろう。リースが記憶をなくしていることも、『信頼できる二人』と一緒に生活していたことも、リースは一度だってエルに話した事は無い。レンクやアマロが話したのだろうか。
「………それじゃあ、まるで……私とエルが…………」
エルは顔を覆っていた布を下ろし、初めて素顔を見せた。布を取り払う左手の甲には、王家の家紋がぼんやりと光を放っている。
「改めて、自己紹介させていただく。俺の名はリーフ・ハーティームーン。現国王の実子にしてこの国の第一王子。」
あり得ない。
これは、現実だろうか。
「貴方の、双子の弟だ。」
鏡を見ているのかと錯覚するほど、自分によく似た顔がそこにあった。
「………え…」
言葉にならない驚きが吐息に溶けた。双子の弟と言っただろうか。
「ああ、俺は貴方の弟。………貴方は、この国の第五王女だ。」
「え…待って……?私が王女………?どういう………?」
「………混乱するのも無理は無い。だが、これは紛れもない事実だ。」
あまりの衝撃にその場にしゃがみ込むリースに歩み寄り、エルは腰をかがめながら肩に手を置いた。その手を通してエルの体温が伝わると、不思議なことに少しずつ気持ちが落ち着いていった。エルの瞳を見つめると、どことなく誰かに似ている。……そうだ、私だ。夏の海のような青い色。少しエルの方が深みのある色をしている。手も、少し骨張っているけれど、大きさも形もそっくりで。
「弟…?王女………?」
「……実際に見て貰った方が良いかも知れないな。」
「…実際に………?」
エル改め、この国の第一王子であるリーフは、リースと同じようにしゃがみ込み、そっとリースの額に手のひらを当てた。暖かな掌がどこか懐かしさを湛えながら柔らかく光り出す。目の前に注がれるその光は、不思議と眩しさは感じなかった。
それまで見ていた景色が少しずつ薄らいでいく。その代わりに鮮やかに見えてくるのは、豪奢な部屋の中の光景だった。
閲覧ありがとうございました。
次回投稿を楽しみにお待ちください。
※この作品はpixivにて同時連載中となっております。




