衝突
「おい!!一体どう言うつもりだ!!!答えろ!!!」
「アマロ、やめて!!落ち着いて!!!」
革命軍本拠地は市街地から遠く、声が漏れる心配はない。それでも心配になるほど、アマロは大きな声を張り上げた。
「彼女は……リースだけは巻き込まない!そう言う約束だっただろう!」
胸ぐらを掴んだままエルを仰向けにねじ伏せるアマロの瞳には、激しい怒りが滲み出ていた。冷静なアマロがここまで感情をむき出しにする姿を、レンクは今まで見たことがない。戦場で猛々しく果敢に戦う姿は何度も隣で目にしているが、アマロは死線で戦う時ですら無表情な仏頂面を崩さない。それだけ憤慨している、ということだろう。
エルが革命軍を率いることになった当初から、三人はいくつかの誓約を交わしていた。そのひとつには、『リースを決して巻き込まない』という一条があった。『何があってもリースを巻き込まない。万一彼女に危害が及ぶおそれがあれば、自分達は彼女の身の安全を最優先する』というものだった。その条件を前提とした上で、二人は革命軍とエルをバックアップしてきた。だが、エルはリースの存在を知ると、自ら革命軍へと引き込み、重要な戦力として扱った。リースが偽名を使い、革命軍としてここに居る。そんな状況をエルはアマロにもレンクにも相談しないまま、独断で作り上げてしまったのだ。そしてそれは、アマロとレンクが最も危惧していた状況だった。
「リースを革命軍に引き込むのがどれほど残酷なことかわからないのか!!彼女は…リースはここに居てはいけないんだ!!!だから俺達は監禁の計画まで立てて、嫌われることも恨まれることも覚悟の上で………!!」
アマロに組み伏せられたまま、エルは取り乱す様子もなく、ただじっとアマロを見つめていた。
「アマロ!まず落ち着いて!手を放して!」
レンクの必死な仲裁も虚しく、アマロは一向にエルを解放しようとしない。エルもエルで、怒鳴るでも暴れるでもなく、アマロの怒りに満ちた瞳をじっと見上げていた。重苦しい、それでいてジリジリと灼けるような熱い空気が辺りに満ちていくのをレンクは肌で感じていた。
「………お前の怒りはもっともだ、アマロ。だがレンクの言う通り少し落ち着け。それにお前は俺に『何故だ』と尋ねた。その答えを聞いてくれても良いだろう?これでは、ろくに話もできん」
エルのその一言で少しは頭が冷えたのか、アマロはそっとエルから手を離した。エルはテーブルから体を起こすと床に散らばった書類をまとめ、テーブルの上に置き椅子に腰掛けた。アマロは両手をテーブルについたまま、荒れた息を整えている。
どうやら最悪の状況にはならずに済んだらしい。レンクはとりあえず胸をなで下ろしたが、アマロの気持ちがわからないわけではない。二人ともリースのことが心配で、大切なのだから。
アマロはひっくり返った椅子を起こして腰を下ろすと、いつものように冷静な声で話した。
「………すまない、取り乱した。だが俺の疑問には答えてくれ。なぜリースが革命軍にいる?」
なんともないように衣服を正すエルに、アマロもレンクも答えを待っていた。二人にとってリースが革命軍に関与していると言うのはもっとも避けるべき事態だった。エルはそれを承知している。にもかかわらず、革命軍のリーダーである彼は、彼女を引き入れたことになる。これは立派な誓約違反だ。だがそれとは別に、レンクとアマロはエルに絶大な信頼を置いていた。彼はなんの理由もなく約束を違える男ではない。そこには彼なりの、そして確たる理由があったはずだ。
「誓約を一方的に破ったことは悪かった。その非礼は詫びよう。そしてその理由だが…アマロ、お前は先ほど『彼女を巻き込むのは残酷だ』と、そう言ったな。俺はそうは思っていない。いや、むしろ彼女こそ此処にいるべき人間だと俺は考えている。」
アマロの目が僅かに見開かれる。エルは二人を交互に見つめた。
「お前達が彼女に対して抱いている絆も敬愛も…それ以上に深い愛情も、察しているつもりだ。それ故に傷ついて欲しくないと願う心も、平穏に生きて欲しいと祈る心情も理解している。だが、お前達ならわかるだろう?傷付かぬよう守るだけが愛ではないんだ。生きる上では、時として乗り越えなければならない壁がある。それを乗り越えてこそ、人は成長し己の生に幸福を見出す。今回の革命は…彼女にとって、乗り越えるべき壁だと俺は思う。勿論それによって傷付くことも、場合によっては命を落とすこともあるだろう。だがそれこそが彼女に課された試練ではないか?この試練を乗り越えなければ、彼女はこの先も『守られるべき存在』のまま生きていくことになる。それが彼女の幸福なのか?」
エルの声は静かで冷たく、けれども紛れもなく強い信頼を持った声だった。情けないがぐうの音も出ない。
エルの言い分が正しいと、レンクもアマロも頭では理解している。だが、それを受け入れられるかどうかはまた別の話だ。アマロが弱々しく口を開く。
「…それでも、リースを今回の革命に引き入れるのは反対だ。彼女がいなくなったら………俺達はどうすることもできん。」
普段の毅然とした態度からは想像し難い弱気なアマロの態度を見て、レンクの心は揺らいでいた。エルの言うことは確かに正しい。それはよく理解しているつもりだ。ただ、それでも納得はできなかった。今まで共に生活してきた大切な仲間を残酷な目には遭わせたくない。レンクもアマロも、彼女には笑顔で平穏に暮らしていてほしい…それだけを願っていた。それ以上は望まない。
「…僕もアマロと同じ気持ちだよ。……第一騎士団の指揮官としても、いち個人としても…リースを関与させるのは反対だよ。革命への参加はリースにとって、すごく辛いものになると思う。……リースの心が壊れたら…僕は……」
その先を言いよどむレンクの言葉を、アマロがつなぐ。
「敢えてきつい言い方をするが、そうなれば足手まといだ。戦場で精神を蝕まれた人間はまともに戦えない。そうなりうる人間をわざわざ戦に引き込むのは愚策だ。」
やはりか、とエルは心中ため息をついた。『リースを守る』それだけに二人は視界を覆われていた。保護者のつもりでいるとは思っていないが、ここまで来ると流石に過保護が過ぎるだろう。
「もっともらしいことを言っているがな、二人共。お前達が反対するのは戦況云々の話ではない。戦いが始まったら、彼女は壁にぶつかり、傷つき、再起不能になる…彼女がその程度の人間だと、お前達は思っているのか?」
鋭い眼光で二人を睨みつけると彼らは少々たじろいだようだった。
「革命軍に参加してからの数ヶ月、俺が見た彼女は何があっても立ち上がる強い剣士だったぞ。お前達の目にはどう見える?あの優しく強い目の色が簡単に揺らぐと、本当に思っているのか?」
二人の答えは返ってこない。沈黙も回答の一つ、と昔どこかで聞いた気がするが、全くもってその通りだ。
「…俺は彼女に全て話す。この革命が彼女にとってどんな戦いになるのか、どんな意味を持っているのか…全て打ち明ける。どのみち、いつかは話さなければならないんだ。戦いが始まる前に…出陣前に打ち明ける。その上で彼女が戦うことを決意したら、お前達も彼女が戦うことを認めてくれ。そこで彼女がこの戦いから抜けることを選んだら………俺もそれを認めよう。」
もっとも、そうなってしまっては彼女は革命軍の裏切り者となってしまうわけだが。
「どうして……出陣前なのか、聞いてもいい?」
「一番人の本心が出やすいからだ。」
レンクの問いかけに対し、エルは即答した。
「人間、決断を迫られた時ほど自分の本心にもっとも忠実な答えを出すものだ。それが最善かどうかはさておき、咄嗟の判断というのはその人間のありようや考えがそのまま出る。きっと彼女なら自分の思うままに、彼女にとっての『最善』を選ぶだろう。戦うか、逃げるか。選ぶのは彼女自身だ。………それならお前達も納得するだろう?」
エルの提案を、二人は暫し考えた。全ては本人に委ねる…誓約違反の話はこれほどまでにシンプルな話になった。二人は、リースには平穏に暮らしていて欲しいと思っている。その一方で、彼女自身の壁を超えて欲しいとも思っている。………これ以上話しても話は平行線だろう。本人の意志に任せる、結局はそれが一番良い方法だ______
「………わかった、僕はそれでいいよ。これ以上話していても何も変わりそうもないしね。」
「…俺も異論はない。心の内は変わらんが、俺たち3人の意向がどうであれ本人の意思を優先すべきだな。……そんな初歩的な事を見落としていた。」
俺が真っ先に気付くべきだったな。幼い記憶、自分の意思がなかった頃の自分を思い返していたアマロは、先程までの自分を猛省していた。そうだ、結局は自分のことは自分で決めるしかない。そこに他人が介入するなど傲慢もいいところではないか。
「一つだけ聞きたいことがあるんだけど………いいかな?」
「どうした?」
おずおずとエルの前に歩み寄るレンクはずっと抱いていた疑問を口にした。
「………どうして、黙って誓約を破ったの…?あ、いや、決して責めているわけじゃないんだけど…」
元々の計画ではリースは革命軍には入れず、家に匿っておく予定だった。彼女が革命軍に関与しているという疑いなど出ないように、少々荒っぽくなるが監禁という形で、だ。しかしエルは偶然にもリースと合流し、革命軍に引き入れた………エルが元々彼女も革命軍に入れるつもりだったこともあるだろうが、それならもっと用意周到な方法もあったはずだ。そもそも、リースが城下町に出たのだって偶然だ。エルが計画できるとしたら、せいぜい城下町に出てきた彼女を見つけ出して追う程度だろう。
「………彼女が、第一王子の名を自分の偽名にしたんだ。」
エルは目元しか見えない顔で、心底嬉しそうに微笑んだ。
「俺は、彼女が咄嗟にその名を出したことが何より嬉しかった。彼女の心にはこの国の存在………消えた双子の存在が大きく残っている。………俺は彼女の言葉を、都合良く解釈しただけだ。」
踵を返して部屋を出ていくエルを、二人は黙って見送った。
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