動く歯車
エルから革命軍に勧誘されて、ひと月ほど過ぎた頃。リースは正式に革命軍の一員となっていた。エルや革命軍の面々ともずいぶん馴染み、今では対等な関係を築き上げていた。
今この国の状況を見れば、革命軍への加入はリスキーだ。レンクとアマロの存在もある。だがそれ以上に、リースは革命軍に惹かれていた。
革命軍のメンバーの多くは、まともに武器を扱ったことのない一般人だ。戦いの最中に甘えや油断も見える、戦場に立つ以前にいた存在。しかし彼らは『生きる意志』を確かに持っていた。
働き盛りの青年、うら若き乙女、表情にまだ幼さを残す子供たち、手にも顔にも深い皺を刻みながら、今だ精気のこもる両眼を輝かせる老人たち。彼らは決して多くを望んでいるわけではない。ただ家族が寄り添い、腹いっぱい食べ、笑い合って暮らし、来年や再来年、さらに十年後の未来を語りながら生きることを願っていた。自由とか幸福とか、そんな抽象的なものではない。彼らはただ安心したいだけなのだ。
贅沢は言わない。使い古しの粗末なベッドでいい。部屋に少々隙間風が入ってきても、どうということはない。ただ不安も心配もない夜がほしいのだ。『今日もいい一日だった』そう思いながら眠りたい。彼らはそれだけを願い、望んでいた。そして自らが強く願う未来を現実にすべく研鑽した。
革命軍はそれぞれの地域に幹部を配置し、彼らに戦いそのものを教え込んでいた。戦闘を知る者達が当たり前に備えている知識も技術も、彼らには無い。聞けば初めのうちは皆エルに戦いを教わっていたのだと言う。エルの指導は鬼すら逃げ出してしまうように過酷で厳しく、一切の情や加減を持たない、正に地獄という言葉が合うものだった。実際の戦場を想定し、あるときは四方八方から襲われ、あるときは不意打ちに見舞われ、またあるときは徹底的に急所を狙われた。常に緊張感を持たなければならないこの状況は戦場と何ら変わりは無い。今まで戦いなんて知らずに生きてきた人間にはとても耐えられる物ではないのも直ぐに分かった。けれど彼らは皆こうして汗を流し、涙を堪えてエルの地獄に耐えていた。
ある者は家族の仇を取るのだと歯を食いしばり、ある者は子供に腹一杯に食べさせてやるのだと拳を握り、またある者は自由に旅して暮らすのだと夢を語った。皆がそれぞれの目的のため、文字通り血の滲むような日々を送っている。その目的が何であれ、彼らが生きるための導となっている。その強い生命力がとても眩しい。記憶を失い、森の奥深くで不自由なく気ままな生活をしていたリースは、何かのために、これほどひたむきに戦ったことは今まで無かった。それどころか、剣士でありながら『戦う』ことすら、ほとんどなかった。ただ二人の同居人と稽古に励むばかりで、実戦らしい実戦をしたのは果たしてどれほど前だっただろうか。宿屋で申し込まれたエルとの手合わせは本当にギリギリの戦いだったけれど、リースの剣の腕は鈍ってはいなかったようで、今では他の構成員達の指導も任せられている。何故こんなにも信頼されているのかは分からないが、リースにはもはや迷いなど無かった。彼らが自身の魂とともに突き進む姿を目の当たりにするうち、リースはなんとしてでもこの腐りきった国を変えたいと願うようになっていた。
もちろん洗脳を受けたわけではないし、自分は目新しい主義思想にたやすく染まるほど、単純な性格でもないと思う。だが、何としてでも変えるべきだと思った。今は亡き王女たちも参加し戦っていたというこの革命軍。敵である国王は実の父だと言うのに、国のために命を賭して戦いを選んだ王女たちは、どんな想いと意思を抱いていたのだろう。それを思うと、この動きを決して一時的なものにしてはいけないと思った。
皆の努力とエルの統率もあって、革命軍の戦力はずば抜けて跳ね上がった。今ならば相手が正規軍兵士であっても、簡単にはやられたりしないだろう。もちろん戦闘訓練には「これで充分」という事はない。精進は欠かせないが、かなりの進歩だ。
またリースが感心したのは、資金調達能力だった。そもそも革命軍自体、経済的基盤がなければ存在できない。メンバーが金を出し合い、自腹を切るばかりでは決して長続きはしないし、思い切った行動もとれない。そもそも、そんな余裕のある者は革命軍にはほぼいない。過去に王女たちが革命軍に加担していた頃には、彼女たちの伝手で自由に使える財産があったから、ある程度は資金を確保できたが、王女たち亡き今では、その財産もあてにできない。そのため革命軍の大きな課題の一つとして深刻な資金難が挙げられていた。だが最近になって、その状態は大きく改善されたという。ここまでの話は革命軍の古株から聞いたことだ。彼も詳しい話は知らないようだが、どうやら資金調達の面でもエルが動いているらしい。
確かに革命軍の装備や資材は正規軍には及ばないものの、民間人の寄せ集めというレベルを大きく超えている。エルに連れられて初めて武器庫を見せられた時も本当に驚いたものだが、これだけの装備を用意する資金をどこから調達してくるのだろう。気になって一度エルに確かめてみたことがあるが、『流石にそれは軍機というやつだな。まあ不安に思う事はない、大丈夫だ。』と一蹴されてしまった。確かにこれだけの装備を整えられる財源など、最高レベルの軍事機密に違いない。もしも資金源が王国側に知られ、そこを押さえられてしまったら、戦わずして革命軍は壊滅するのだから。だが、言いながらエルの眼は穏やかに笑っていた。そして世間話でもするように、淡々と続けた。
「だがそうだな…一つ挙げるなら特産品だ。」
「特産品…?」
「ああ。」
マントの口元を正しながらエルは語る。
「例えば黄金郷と名高いストーヘンジでは宝石や鉱石がよく取れる。だが機械大国のマキシティではダイヤモンドやサファイア…そうした工業資源になる石は需要の割に自国での採掘が難しい。さて、そんな資源を手に入れるにはどうすればいいと思う?」
「……他国から仕入れるね。」
「その通り。」
くるくると指先で空に円を描きながら、エルは話を続けた。
「だがストーヘンジも馬鹿じゃない。マキシティが欲しくてたまらない物を売買するのに、高くふっかける位のことはするだろう?」
「当たり前だよ。商売ってそういうもの…………あっ!」
ストーヘンジは資源を高く売り付けたい。だがマキシティは出来る限り安価で資源を手に入れたい。ならもし、ストーヘンジ産の石を安価で仕入れられる相手ができたとしたら…?
「ストーヘンジから輸入された資源は、当たり前だがマキシティ国内でさらに値上がりして取引される。国内に入ってくる時点で既に高価なものが、工場や職人の手に渡る頃にはさらに高価なものになっている。そんなところに安価で石を売ってくれる旅人が現れたら?」
「彼等にとっては願ってもない幸運……」
「ああ。国が輸入してきた物を買い付けるよりも量は少なくなるが、それでも同じ品質のものを安価で手に入れることが出来るなら、一宿一飯の恩ぐらい喜んで売るだろう。旅人はそういう恩義を重んじるからな。」
「つまり、エルはその国に需要のある物を、その国から買うより安い値段で売りつけているって事?」
「その通り。」
目元だけで分かる、にんまりとした笑顔。どこか自慢げに胸を張る子どものような表情だ。
「旅人という立場なら足がつくこともそう無い。ましてや他国での売買となれば、今のハーティームーンでは政治介入も出来ないからな。」
「確かに…下手したら本当に戦争になっちゃうもんね……」
「ああ。その現状を打開するための革命軍がそんな状況を利用するというのも皮肉なものだがな。」
とはいえ、資金繰りの一端は知ることが出来た。だがここで1つ気になる事がある。
「その資金繰りって、エルが一人でやってるの?」
「まさか。そんなことをしていたら、俺が過労で倒れるだろう?他にも資金源はある。そっちは革命軍の他の面々に任せているところだ。」
確かに、革命軍のリーダーはやることが山のようにある。メンバーの訓練進捗や資材管理…こうしてリースと話している間にも、きっと頭の中ではこの後に片付けるべきことをあれやこれやと考えているのだろう。
「加えて…もう一つの例は塩だ。」
「…え、塩?塩って、お料理で使う?あのお塩?」
「それ以外に何の塩があるんだ?」
何が面白かったのか、ケタケタと笑うエルを横目に考える。塩が財源になるとはどう言う事だろうか。……そういえばエルは世界各地を旅していた。ならば…
「………もしかして、外国で安く仕入れた塩をこっちで流してる…って事?あ、もしかしてどこか目立たないところに塩田作ってたり…?」
「正解だ。」
「そっか…塩は生活必需品だし、ソースとかお砂糖と違って植物の成長を待つ必要も調合の必要もないもんね。売る量さえ調節できれば安定した財源になる…」
周辺国の中でも、ハーティームーンのようによほど荒廃した国でなければ、調味料や食材といった生活必需品は生産業者同士の競争があるので価格は安くなる。それなりの量を密輸できれば、大きな利益になるだろう。
「まあ注意すべきは市場への供給量と役人の目だが…量なんていくらでも調節ができるし、役人も自分の生活で手一杯で視野も狭い。それに、これを抑えようにも、今より必需品が買えなくなるのは困るからな。」
「確かに…なんていうか、今の治安の悪さを逆手に取ったやり方だね。」
岩陰に作った塩田のほとりに夕日を浴びて佇むエルの姿がリースの脳裏に浮かんだ。鏡のように凪いだ海面が朱に染まる空を映し、その狭間でエルは真っ直ぐに西日を見据えている。こうして多くの土地を巡り、エルは資金面からも革命軍を支えてきたのだろう。
これなら、どこかひとつの資金源を断たれても、他でカバーできる。頭のいいやり方だ。剣の腕はかなりのものだし、本当にエルという人間は底が知れない。エルがアマロやレンクと組んだら、軍隊でも政府でも、かなり有能な組織を作りあげることだろう。
こうして戦力と資金力を強化しながらも、革命軍はさらなる決め手に欠けていた。馬も兵器も、各種資材も揃っている正規軍に対抗するには、こちらはそれを上回る装備を整えなくてはならない。となれば、資金も戦力も今のままでは充分とはいえない。特に金銭面は一国に対抗するための、まとまった資金が要る。それは革命軍にとって大きな課題だった。しかしある時、エルから思わぬ朗報がもたらされた。
革命軍内では定期的に幹部を集めた報告会を行っている。戦闘部隊や諜報部隊、補給部隊など、各部隊の幹部からの状況報告と質疑応答、さらに今後の行動や方針を決めるとともに、メンバー間での情報共有を行うのが目的だ。その日も森の中の集会所で会議を行っていたが、開口一番エルからとび出したのは『大きな資金調達の目処がついた』との報告だった。一国相手に叛旗を翻すには充分…いや、それ以上の膨大な額である。これには皆驚きを隠せなかった。
「凄いな。それだけあったら資材と武器食料を調達して、まだ余裕ができるぞ…!」
補給部隊の幹部は少々興奮気味だ。それはそうだろう。資金のことで今までいちばん頭を悩ませてきたのは、現場を仕切る彼自身なのだから。
「それにしても、どこからそんな大金を引っ張ってきたんだ? 大丈夫なのか?」
ワクワクしている補給部隊とは反対に、流石と言うべきか諜報部隊の幹部は罠を警戒している。
その問いにエルは簡単に答えた。
「話そのものは随分前からあったんだが、信用できるかどうか判断がつかずにいた。」
ぺしぺしと資料を指で弾きながらエルは続けた。
「だが大丈夫だ。裏はとってある」
「でもこの国で、そんな大金を投資できるなんて…この状況下でこんな額をポンと出せる人間は、今のままの方が優位に立てるはずでしょ?一体どこの誰が…?」
リースの疑問はもっともだった。国民の多くは貧困に喘いでいる。並の生活が出来ているだけでも上々という中で、投資なんてことができるのは貴族や金のある名家くらいだろう。しかも投資先は革命軍。現状をひっくり返し、民による国を作ろうとしている集団だ。貴族や金持ちにとっては、そんな世の中になったら自分たちの優位が崩れるのはまず間違いない。そこに投資しよう、という者がいるとは、とても考えられなかった。
「相手はスカイウォーク家だ」
エルはリースの問いに答えつつ、その場にいる全員の疑問に答えた。顔を覆った布のすき間から見える目は、いたずらっ子のように細く笑っている。スカイウォーク家は国内でも随一の貴族であり、王家に仕える占星術師…いわば唯一王族に進言ができる立場にある家だ。また神職としても高い位置にある家系で、この国でスカイウォークの名を知らない者はまずいない。リースはアマロの顔を思い浮かべ、グッと息を呑んだ。しかし幹部の面々は、スカイウォークの名を聞いたとたん、安堵したような息を吐いた。
「アマロ団長のところか。それなら腑に落ちるな」
さっきまで眉間にシワを寄せていた戦闘部隊の幹部が、アマロの名を口にして表情を緩めている。なぜ? 状況がつかめないでいると、エルに声をかけられた。
「なんだ。以外と反応が薄いな。もっと驚くかと思ったんだが」
「騎士団のアマロ団長なら知ってるけど…でも革命軍とつながっていたなんて…」
「そうか、お前には話していなかったか。アマロ団長と俺たちとは、繋がりがある。あくまでも個人的に、ではあったが」
「どういうこと?」
「俺たち戦闘部隊の動きを見て、わからないかい?」
戦闘部隊の幹部が楽しそうに口を挟む。リースに軍隊経験はないが、アマロやレンクを相手に剣の稽古は欠かさない。確かに今の戦闘部隊の動きは民兵のものではない。特に剣術なんて、この王国の騎士団そのものだ。
「じゃあ、もしかしてあの訓練って…」
「そう、アマロ団長から正規軍のメニューを流してもらっているのさ。流石だよ、なるべく短期間で成果が出るように作られてる。おかげで若い連中の鍛え甲斐があるってもんだ。」
騎士団長という肩書を持ち、もちろん戦闘の心得もある。だがリースの中では、アマロは占星術師であり神職にある、物静かな青年だった。ひまさえあれば本を読みふける、思慮深い男。あのアマロが、そこまで革命軍に肩入れしていたとは。確かにアマロは『家は家、俺は俺だ』と口癖のように言っていた。周りのことなど知ったことではない。自分が信じたことをやる、ということなのだろうが…それにしても、どういうつもりなんだろう? レンクは知っているんだろうか?
「(思ったより、私は二人のことを知らなかったのかもしれないな…)」
考えてみれば、三人であの森の家で暮らしていながら、昔の話はほとんどしない。子どもの頃からの友達のはずなのに。私の記憶が消えていることを気遣っているとしても、不自然だ。だいたい私たち三人は、元はどういう関係だったんだろう……。
「おい、どうした? ボーッとして?」
エルに声をかけられて我に返った。
「あ、いや……騎士団の団長がそこまで協力的だったなんて、意外だな…って思って」
「俺たちへの協力を申し出たのは、団長の方からだった。個人的な事情は知らん。俺は余計な詮索は嫌いだからな。ただ…」
そこでエルは少し声を強め、皆に聞こえるように話した。
「今回の投資については、スカイウォーク家の当主が、アマロ団長に持ちかけたそうだ。星のお告げとやらと一緒にな。」
王家の占星術師、代々続く魔法の使い手の家系。その当主は、どうやら未来を『視た』らしい。その上で、今回の行動を決めたのだろう。ざわついていた一座が、一瞬で静まりかえった。
「それで…」誰かがおずおずと口を開く。
「その、お告げってのは?」
「アマロ団長から伝え聞いている。皆にも伝えてくれと。」
エルはニコリともせず、静かに言った。
『盲目の老いたる父は、星々の前にその冠を取り落とさん』
父、というのは国父たる王のことだろう。声を上げるものは誰もいなかった。そこに居た誰もが口元をギュッと引き締め、冴えた目を輝かせている。
その時は近い。
散会ののち、リースは家を出て行くエルをつかまえて、小声で話しかけた。
「ねえ、エル………その、スカイウォーク家の人たちには私のことを知らせないでほしいんだけど…良いかな?」
「なんだ?藪から棒に?」
名前を偽っているとはいえ、エルからアマロに自分の存在を知られるのは避けたい。アマロに知られた情報はレンクに知られる情報でもある。逆もまた然りだ。最近になって革命軍に加わった、年若い女剣士の話など聞いたなら、彼らはすぐにその正体に気づくだろう。
「うん、その……あの家とは色々あってね、話がややこしくなってて。私の個人的なことだし、革命軍には関係ないことだから、迷惑はかけないって約束するから。」
エルの双眸がじっとリースを見据える。やはり怪しまれただろうか。いかに勧誘されたとはいえ、所詮は流れにまかせて参加したようなものだ。嫌な汗が背中を伝う。
「………分かった、お前のことは話さないでおこう。」
「………え?そ、そんなあっさり…いいの?」
「なんだ。話すなと頼んできたのはそちらだろう?」
「そう、だけど…なんでいつも私のことを信用してくれるの…?」
初めて会った時も、革命軍に引き入れられた時もそうだった。問答無用でことを進める強引さがあるかわり、リースが言ったことに対してエルがノーと言った事などなかった。
「………お前は、俺たちを裏切らない。……裏切れないからな」
「それって…どういうこと?」
「何度も言わせるな、俺は余計な詮索はしない。…俺自身、詮索されるのは嫌いなんだ。」
一瞬だけ、どこか優しい目をしたエルはすぐに背を向け、夜の闇の中へ溶けていった。
________悪いことをしちゃったかな…。
エルは、私のことをよく知っている。でも私は、エルのことを何一つ知らない。でも、エルの言葉や眼、手の感触…。その端々に懐かしさを感じることがある。だから、エルのことをもっと知りたい。でもそれはエルにとって、あまり楽しいことではないのかもしれない…。
エルが去っていった暗闇を見つめながら、リースはぼんやりと考えていた。
きっとエルにとって聞いて欲しくないことだったのだろう。
けれどエルが抱えているものは、彼が時折見せる懐かしいような優しい顔をすることに関係があるような気がした。
『お前は俺たちを裏切れない』
その言葉の真意を知る日は、果たして来るのだろうか。
閲覧ありがとうございました。
次回投稿を楽しみにお待ちください。
※この作品はpixivにて同時連載中となっております。




