緊迫
「(アマロ・スカイウォーク…いったい何を考えているのか。全く油断ならない男だね、君は。)」
客人の居なくなった応接室で、クロノワールはアマロとの会話を反芻していた。
アマロがクロノワールに隠れて何かを企んでいるのは恐らく間違いないだろう。しかし現時点では確証も根拠も無い。だからこそ、こうしてわざわざ忙しないタイミングを見計らって揺さぶりを掛けたというのに、結局見事にこちらが煽られて終わってしまった。
「(…さて、どうしたものか。)」
少々温くなった紅茶を口に運ぶと応接室の扉が叩かれる。
「どうぞ。鍵なら空いているよ。」
そう言うと扉が開き、一人の女が入ってきた。
長い薄茶の髪に冷徹さを露わにした瞳は真っ直ぐにクロノワールを捉えていた。
「ミルノじゃないか。僕に何か用かい?」
第二騎士団指揮官、カルクレア・ミルノ。魔法の使えない女性ながら指揮官にまで昇り詰めた実力者であり、その柔軟な戦闘スタイルから『戦場に舞うカフェオレ』の異名を持つ女騎士だ。団長であるクロノワールとは同僚、もとい同じ騎士団を率いる相棒でもあるのだが。
「相変わらず頭の足りん奴だな、ラフィル。私が用も無く貴様を訪ねると思ったか?」
「おやおや…相変わらず手厳しいね、君は。」
彼女は自分やアマロを初めとした騎士団長への当たりが強い。騎士団において、団長と指揮官は対等な立場にあるので立場的な意味では、多少当たりが強い分には全く構わないのだが…それでも『美しきを愛でる』を生きがいとするクロノワールにとって、見目麗しいミルノの取りつくしまも無いこの態度は残念に思えてならなかった。
「用件だけ言おう。スカイウォークと何を話していた。」
「おや、意外だね。君が団長同士の会話に興味を示すなんて。ひょっとして、自分だけ仲間はずれなのが気に入らなかったかい?」
少しからかうように言ってやれば、彼女は案の定蔑むように睨みつけてくる。頭脳戦に長けている彼女がこうも予想通りの反応を返すのがどこか面白く感じて、自然と笑みが零れた。
「冗談は顔と頭だけにしろ。私は第二騎士団の指揮官として、不穏分子についての情報は共有すべきだと考えただけだ。」
「分かっているよ。丁度君にも話を聞いて貰おうと思ったところさ。」
手馴れたようにカフェオレを用意する彼女を見るに、どうやら話はしっかり聞いて貰えそうだ。もっとも、彼女は団長への態度こそご覧の通りだが、仕事はきっちりとこなす。第二騎士団としての纏まりや士気を考慮してか、クロノワールに噛み付く態度も部下のいる前ではなりを潜める。自身の軸は決して揺るがないが仕事に影響は与えない。そして己に課せられた責任は全うする。カルクレア・ミルノとはそういう人間だとクロノワールは知っていた。
「それで、奴の反応はどうだった。」
「予想通りというかなんというか……なにか企んでいるのは確かだけどね。しっぽを掴むまではいかなかったよ。本当、彼も中々隠し事が上手だ。」
淹れたてのカフェオレに口をつける彼女はいかにも不機嫌そうに耳を傾けていた。
「まあそう睨まないでおくれよ。せっかくの美しい顔が台無しだ。僕だって何も無駄に時間を使ったわけじゃないさ。恐らくだけど彼は消えた双子、つまり 王子か王女の行方を知っているんじゃないかな。」
「………何故そう思う。」
「何故って言われてもね、何となく。いつもの根拠無き妄想ってやつさ。」
要するにただの勘だよ、と付け加えると僅かにミルノは反応する。諜報に特化した第二騎士団の関係者がこんなことを言ってのけた日には、きっと目の前の指揮官は黙っていないだろう。それがクロノワール・ラフィルという男でなければ、の話だが。
「また野性の勘か。根拠なきものに労力は裂けん、と言いたいが……今までの統計からお前の勘が侮れんのは分かっている。」
「ふふ、ご理解頂けているようで何よりだよ。」
「ほざけ」
再びカップに口をつける彼女もクロノワール自身の勘の鋭さは評価しているようだ。…態度を見るに、本人は非常に不服なようだが。
実際クロノワールの勘は幼い頃からよく当たるものだった。いいことも悪いことも『なんとなくこうなるのでは』『これはこうなのでは』と感じ取った物はほぼその通りになっている。一種の未来予知の魔法かとも思ったが単に勘が良いだけと分かったときは心底驚いたものだった。クロノワールが配属されたときから第二騎士団はその勘に幾度となく助けられてきたし、ミルノもそれを知っているからこそ忌み嫌っている団長が勘で物を言っても、相手がクロノワールであるが故に相応の対策を打ち立てようと動く。クロノワールの勘にはそれ程の説得力を伴う実績があるのだ。
しかし、クロノワールの勘にはもう一つ捉えたものがあった。
「それにしても、今日は随分とご機嫌斜めなようだね。」
「…人の機嫌を察する事くらいは出来るようだな。」
「まあね。それで、何か気に障ることでもしてしまったかな?」
「気に障るというならお前の存在そのものだが。」
「これはまた手厳しい。」
浮かんだもうひとつの思考は今日のミルノは随分と素直だということだ。普段なら嫌味の一つくらい…言ってはいるが、普段なら嫌味のフルコースだとでも言わんばかりに会話の端々に棘を仕込んでいる。不穏分子が身内にいて動揺するほど彼女は動じやすいタチでもないし、単に機嫌が悪いという訳でも無さそうだ。何かを深く思案しているような、それでいてその思考に対して思うところがあるといったところだろうか。とはいえ何か考えていることがあるのなら話して欲しい。
「そんなに嫌われるようなことをしてしまったかな?」
「そうだな。お前に関しては正直会話もしたくない。」
本当に騎士団長にはつくづく当たりが強いものだ。同じ学び舎にいた幼少期はもう少し態度も柔らかかったというのに。これが相手が指揮官仲間やレンクなら、態度も軟化するのだろうが、中々上手くはいかない。
「気に障るついでに教えてくれると嬉しいけれど、君はどうして僕ら騎士団長にそうも厳しいんだい?僕やアマロだけならともかく、ほとんど接点の無い第三や第四の団長にも君はかなり厳格じゃないか。」
「…いつも言っているだろう。私はただ暴れることしか考えのない連中が気に食わんだけだ。」
「そうかい…少なくとも僕は色々と考えているつもりなんだけれど。」
辛辣な答えにクロノワールは苦笑を零した。というのも、彼女のこの言葉は常日頃から耳にしている。知略に優れた人間が頭の悪い人間を嫌うのは不自然なことではないとクロノワールは思う。しかし彼女のそれは単なる好き嫌いで片付けるにはあまりにも強すぎる。
「……他に話すことがなければ私は行かせてもらう。今後の対策を取らねば。」
「ああ…残念ながらこうしてお喋りに花咲かせている場合でも無いからね。」
今はアマロを監視するのが最優先だ。ミルノのことは気がかりではあるが……仕事はしっかりこなす彼女のことだ、クロノワールも知るべき事ならば自ずと話すだろう。
「それじゃあ、全体への指揮は任せたよ。僕も彼を探らないと。」
「言われるまでもない。そちらこそ、また考え無しに動いて奴にこちらの動向を勘付かれるなよ。」
「はは、流石第二騎士団のミルノ指揮官だ。肝に銘じておくよ。」
残っていたカフェオレを一息に飲み干し、ミルノは颯爽と部屋を後にした。
「暴れることしか考えない連中が気に食わない、か………」
その言葉を彼女の口から聞くようになったのはいつからだったか。
「自分に無いものを求めてなお、何処までも高みを目指す…本当に昔から変わらないね、君は。」
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