騎士として
王女の捜索に名を借りたリースの捜索は、その後も何の進展もないまま、数日が過ぎていった。騎士団本部へ早急に戻るように、と伝令を受けたアマロが通されたのは、第二騎士団の応接室だった。
四つの団体から成るこの国の騎士団だが、基本的に執務中の団員が呼び出されることはまずない。騎士団長や指揮官ともなればなおさらだ。アマロとしては早々に用事を済ませて捜索に戻りたいのだが。
それにしても、いつ来てもアマロの趣味には合わない部屋だ。貴族趣味というか、センスはそれほど悪くないように思うのだが、ゴテゴテと豪奢な装飾が多すぎる。客人用の椅子が柔らかいのは応接室らしくていいが、部屋は無駄に広く、机も無駄に大きい。こんな部屋にいたら全く落ち着かなくて仕方がない。
「失礼しますッ!」
歯切れのいい挨拶とともに当番兵が紅茶の盆を捧げて入ってきた。アマロの脇と、向かい側のサイドテーブルにカップを置く。軍人らしいきびきびとした動きだが、毎回あんな様子ではここにきた来客はさぞ落ち着かない事だっただろう。
「失礼しましたッ!」
敬礼して退室する当番兵と入れ替わりに、この部屋の主が入ってきた。
「やあ、アマロ…すまない、すぐに来るつもりだったのだけれど、ずいぶん待たせてしまったかな。」
金髪の色男…この国の第二騎士団団長、クロノワール・ラフィル。伝令でアマロを呼び出した張本人だ。
「いきなり呼び出しておいて待たせるとはな。俺が今何をしているか知っているはずだが?」
第一騎士団が王族捜索保護隊を動かしていること、またその理由については、クロノ側にも既に伝えてある。もうすぐ、王子と王女の失踪から十年になる。その前にもう一度、大々的な捜索をしておきたい。誰もが『形ばかり』と感じながらも、ノーとはいえない理由である。
「ああ、それは本当に申し訳ないと思っているよ。でもどうしても聞いておきたいことがあってね。」
クロノはちっとも申し訳なく思っていなさそうに、優雅な所作で豪勢なソファーに体を沈めると、サイドテーブルに用意されていた紅茶に口をつけ、持て余し気味の長い足を組み、話を切り出した。
「実は…うちの諜報員がとても面白い情報を持ってきてね。ぜひ君にも聞いて欲しいんだ」
「なんだ? 王子と王女の捜索よりも大切なことなのか?」
「そうだね。同じくらい大切なことさ。特に君たち第一騎士団のツートップにとっては、ね。」
この男のもったいぶった態度や話し方が、アマロは苦手だった。というかそもそも、この男の性格といい趣味といい、何もかもが肌に合わない。ちょっとした仕草や言葉尻を観察して相手の精神状態を読み取る術は心得てはいるが、この男にはそれが通用しない。探りを入れようにも躱すのが巧すぎる。探るにも探れないのがクロノワール・ラフィルという男だった。
「実はタイミングが良すぎて僕もびっくりしているんだけれど…ここ最近、リーフ王子と思しき人物がマキシティの首都で何度か目撃されているみたいでね。市民からの情報だ。」
「またか。王子と王女が失踪されてから、もう10年だぞ。当時7つ、今なら17歳だ。お顔も体つきも、かなり変わっておられるだろう。」
「もちろんだよ。だから第二騎士団も捜索にあたっている。報告を見る限りでは、確度は高いようだよ。」
「簡単に断言するがな、クロノ。それが信用できると言えるのは何故だ?まさか何の根拠もないわけではないだろう?」
「おや、僕の部下の優秀さを知らないわけじゃないだろう?欲しい情報は確実に掴むし、たとえ偽情報と分かっていても、確証を得るまで労力を惜しまない。全く優秀な部下ばかりで僕もミルノも鼻が高いよ。」
その優秀な第二騎士団のおかげでアマロとレンクは王子の隠蔽に非常に苦労しているのだが、なんて言う訳にもいかないので心の中で毒を吐く。それを言いたい相手は変わらず優雅な手つきでカップを口元に運んで紅茶を堪能していた。…苦労している原因にこうもゆったりされると流石に少々苛立つな、全てが終わって生きていたら何か嫌がらせでもしてやろうか。なんてくだらない怒りを沸き立たせていると、沈黙をどう受け取ったのかクロノは再び口を開いた。
「…確かに今までそうした情報は山ほどあったし、そのたびに我々は騙されてきた。でも今度ばかりは、ちょっと事情が違ってね。その王子と思しき人物に、紋章が確認されていると言うんだ。」
「ほう?」
この国の王家の血統は建国時に魔道士に依頼し、魔法をかけられている。その仕組みは門外不出とされ、それを知る者は王家の人間とその側近として仕える家系の人間、そして騎士団の団長と指揮官のみとされているのだが、代々の王家の人間は魔力を使うことで体の一部に王家の紋章が浮かぶ。それがロイヤルファミリーの特徴であり、行方不明となった王子と王女の、唯一無二の手がかりでもあった。
「君は知らないかもしれないけれど、あの紋章の情報が出てきたのは、今回が初めてだよ。」
「なるほど、そうなると話は違ってくるな。だが、本物の王子かどうかはまだ分からない。であれば、わざわざ俺を呼び出すことでもないはずだ。もし確度が高いというのなら、要請してもらえば王族捜索保護隊を動かせるだろう。」
「勿論、その時は君にお願いすることになるだろうね。…でも、実はもう一つ確かめたいことがあるんだよ」
紅茶のカップをソーサーに置くと、クロノワールはまるで敵の心理を探るような目でこちらを見つめた。
クロノが指揮する第二騎士団は、王室を守り、内政・外交を優位に展開するための諜報活動が任務の中心だ。しかし当然、武力を持たないわけではない。第一騎士団が戦闘に特化しているのであまり目立たないが、第二騎士団は諜報活動に伴う破壊工作を行う機能や、そのための戦力、王族をはじめとする要人の警護能力はかなり手厚い。第一騎士団と方向性が違い、いわば特殊技能を持ったプロが集まる精鋭部隊で、そのトップにいるのがこの男、クロノワール・ラフィルなのだ。あのもったいぶった態度が自分たちの実力を隠す手段でもあることは、アマロも理解している。少なくとも頭の回転がさほど良くないアマロにとって、敵に回したくない相手であることは間違いない。そのクロノが瞳の奥底まで見通すような黒い視線を、ぴたりとアマロに向けて言った。
「アマロ、君は何を知っているんだい?」
「…何のことだ?」
こういった場合、相手から少しでも視線を外したら終わりだ。一瞬…というには長い時間、二人の眼は正面から対峙した。クロノワールの表情に浮かぶ薄い微笑みは、何かを知っている証だろう。王子の所在について、何か勘付いているのかもしれない。あるいは、すでに確証を掴んでいるのか。
アマロとレンクは王子の所在を知っている。そしてその王子は革命軍を率いて王制を打ち倒し、この国を『民によって治める国』に作り替えようとしている。一方で、クロノワールは現国王に対して忠誠を誓い、行動する騎士だ。その職務と忠誠心から、現国王に仇なす者への対応は徹底している。それは見事なものだ。今回彼が革命軍の計画に勘付いたとしたら、かなり厄介なことになる。
クロノワールは第二騎士団の団長だ。有事の際に騎士団を動かし、王族の警備を固めるくらいは造作もない。現国王に危機が差し迫っているのであればなおのことだ。人数では勝っているとはいえ、クロノ配下の精鋭を相手に、一般人の寄せ集めである革命軍がまともにやり合って勝ち目はない。しかも第二騎士団は諜報から破壊活動までお手のものだ。革命軍の動きから本物の王子の所在を知ったら? さらにレンクや自分の役割にまでたどりついたら? そうなれば、すべて終わる。そうはさせない。
「…まあ、知らないと言うならそれでもかまわないさ。」
先に口を開いたのはクロノワールだった。
「主君に忠義を尽くす、それが騎士というものであるはずだからね。」
クロノワールはアマロが何かを知っている…ということを知っている。それは間違いないだろう。だがそれが何か、なぜ自分に隠し立てするのか、そこまではクロノも分かってはいないはずだ。もしそこまで知っているなら、わざわざ自分を呼び出して問いただすなんてことはしない。もっと確実に仕留めにきているはずだ。アマロはそう分析した。
クロノが国王に対して抱いている忠誠心は、配下の騎士というレベルを超えている、とアマロは常々感じていた。もしもクロノが自分に対して国王への反逆の意思を感じ取っているなら、呼び出して問いただすなどという余計なプロセスは挟まない。部下を集めてただ一言、『やれ』と命じればそれで済む。そういう点では、クロノはきわめて効率的な人間だ。それほどまでに、クロノはいつも、異常なまでの国王への忠誠心を露わにする。その狂気とも言えるほどの忠誠心をアマロはいつも不思議に感じていた。
ともあれ、クロノは革命軍の動きは把握していない。もちろん王子の所在、さらには自分やレンクの動きに対しても明確な証拠を得ていない、ということになる。自分が何かを隠していることは気づいているが、それが革命軍や王子に関わっているなどとは思ってもいないはずだ。なら、このタイミングで、この男の思考を乱しておく必要がある。
「話は終わりか?早く現場に戻りたいんだが」
「ああ、捜索の邪魔をしてすまなかったね。もう充分だよ。」
アマロの言葉に、にこりと微笑んだ瞳からは既に疑念や警戒心は消え失せ、柔らかな表情に戻っていた。
「…そうか。それなら俺はもう戻るぞ。……ああそうだ、クロノ」
部屋の扉を開けたところで、振り向きざまにアマロは言った。
「お前の主君は国王だと言うことでいいんだろう?」
「変なことを聞くね。当たり前じゃないか。」
「………そうか。まあ聞くまでも無い事だったが………だが、その主君は他の騎士団長に指揮官、団員達…勿論、俺達第一騎士団のツートップにも断言できることか、考えてみるといい。」
クロノは答えなかった。同時にクロノの瞳に、再び黒い光が宿ったように見えた。
これでいい。
アマロは重い扉を閉め薄暗い廊下に出て、自らの道に歩みを進めた。
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