979話
「トウモロコシサン、オオキクナッテネ」
俊洋の手には、鮮やかな黄色のトウモロコシの粒が握られていた。
春香と理保が育てている野菜のプランターが並んだ庭の隅っこにしゃがんだ俊洋の背中に夏の夕日が照らしている。
「ボクネ、トウモロコシダイスキナンダ。ダカラ、ハヤクオオキクナッテネ?」
その姿を春香は美理愛を遊ばせながら見ていた。
(あんなところにしゃがんで何してるんだろう……? バッタかコオロギでもいるのかな?)
夏野菜がまだまだ実っていて、美理愛は水やりをしようと春香が外に出るとミニトマトを狙って駆けているが、俊洋が座り込んでいるのは茄子のプランターの傍だ。
(まさか茄子をそのまま食べたりはしてない……よね?)
美理愛がトンボを追いかけて慎一郎宅の玄関のほうに行ってしまったので、春香は美理愛を追いかけた。
「春香さん。ちょっと」
「はい、お義母さん」
夕方、ウッドデッキの窓硝子をコンコンと叩いて、理保が深皿を持って室内に入ってきた。
そして、春香に近づき小声で話しかけたのだ。
「あのね。子供達の誰かトウモロコシが嫌いな子いたかしら?」
「え? いいえ。うちの子は皆トウモロコシ大好きですよ?」
「そうよね?」
理保は何やら悩んだような顔をした。そして、コトンと深皿をダイニングテーブルに置いた。
「あのね。茄子のプランターの隅に茹でトウモロコシが埋めてあったのよ。食べられないから隠したのかと思って」
「茹でトウモロコシ……?」
春香は呟いてからハッとして苦笑いを浮かべた。そして、キッチンへ行き麦茶をグラスに注いでダイニングテーブルに戻って理保の前に置いた。
「ありがとう。なぁに? 心当たりあるの?」
「はい。きっと俊洋ですよ」
「俊洋が?」
俊洋のトウモロコシ好きは理保も知っている。だから、理保は余計に不思議そうな顔になった。
春香は少し前の俊洋の様子を理保に話した。
「あぁ〜。もしかして、茹でトウモロコシでも植えたらトウモロコシが実ると思ったのね」
「恐らく」
春香と理保は、リビングで悠助達と遊んでいる俊洋を見詰めた。
子供である俊洋には、茹でトウモロコシを植えても芽が出たり、実る事はないと分からなかったのだろう。
だが、いつまで経っても芽が出ないと知った時に、俊洋がどう思うのだろうと考えると少し悩ましく思った。
「トシヒロクン……」
「ン……」
「トシヒロクン」
「ン? ア、トウモロコシサンっ!」
目を覚ました俊洋は大きなトウモロコシが話しかけてきた事に驚きベッドから降りた。
「トシヒロクン。トシヒロクンハ、ボクノコトスキナンダネ」
「ウン。ボクネ、トウモロコシサンダイスキナンダヨ」
「アリガトウ。ボクノタネ、ウエテクレタンダヨネ」
「ウン。イツトウモロコシサンニナル?」
俊洋は大きなトウモロコシのプチプチとした体に触れてみた。
「スグニハムリナンダ。ライネン、トシヒロクンガ、ヨウチエンニイッタラアエルヨ」
「ソッカ……」
俊洋は淋しそうに俯いた。まだ幼い俊洋には植物の成長は分からないのだから仕方がない。
来年、幼稚園に行くのだというのは雄太達に言われたから分かるが、その後だと思うとガッカリしたのだろう。
「ライネンニナッタラアエルカラネ。タノシミニマッテテ」
「ウン……」
「ボクノメガデタラ、ミズヤリシテネ」
「ソシタラ、トウモロコシサンニアエル?」
「ウン。ダイジニシテクレタラアエルヨ」
トウモロコシのヒゲが俊洋の頭を優しく撫でた。
「モシャモシャシテルゥ〜」
「アハハ。ジャア、ライネンネ」
「ウンッ!」
俊洋はギュッと大きなトウモロコシを抱き締めた。
「え? トウモロコシと……?」
「ウン。トウモロコシサンガキテクレタンダヨ」
朝起きた俊洋は寝癖のついた髪を弾ませてキッチンの春香に報告をした。
春香が目を丸くしていると、俊洋は顔を洗いに洗面所へと走って行った。
(凱央と悠助はアルに乗ったって言ってたけど、俊洋はトウモロコシ……?)
春香は我が子は不思議な夢を見るんだなと思って小さく笑った。




