977話
8月23日に雄太は札幌記念を勝ち、一日の勝利数は五つと調子は上々だった。そして、純也も二勝し二人は結果に満足していた。
「んじゃ、乾杯」
「うっす」
雄太は帰宅を明日にして、二人は居酒屋でのんびりとしていた。
「あ〜。今年の夏の遠征は楽しかったぞぉ〜」
「へ? ソルはまだ遠征は終わってないだろ?」
「まぁな。けどさ、今日までの騎乗ででの感想なんだけど『気持ち良く勝てた』って感じなんだよ」
純也はニッと笑いながら、揚げたてのザンギをパクリと口に入れた。
「ハフッ! ハフッ!」
「揚げたてなのに一口でいくかぁ〜?」
ハフハフと言いながらも幸せそうに咀嚼している純也を見て、雄太はクックックと笑う。
「ん〜。やっぱウメェ〜な」
「美味いのは分かるけど、口の中火傷してないのか?」
「それコミコミで美味いんだよ」
「なんだよ、ソレ」
久し振りに居酒屋でガッツリ呑んでいて、ちょっとした事で笑いが込み上げてしまっていた。
「御当地の美味い食い物を現地で食えるのって良いよな」
「雄太もやっぱそう思うか?」
「ああ。ソルが食うのが楽しみって言う気持ち分かる」
斤量の事を考えるとガッツリ食べる訳にはいかない。でも、競馬場のある地域の美味い物を食べるのは楽しいのだ。
「本当に現地でしか食えないっていうのもあるだろ? 美味い物を食って、次のレースのモチベーション上げるのが俺のスタイルだぜ」
「ははは。それはどれだけ食っても体重に影響しないソルだから出来る事だけどな」
「確かに」
純也のどれだけ食べても走れば体重がスッと落ちるのは騎手の皆が羨ましがる事だろう。
今は雄太も無理に体重を落とそうとはしてはいないが、年齢を重ね新陳代謝が落ちるようになったら羨ましく思うだろうと思う。
「あ、コーンバター来た〜」
鮮やかな黄色のコーンバターを見ると俊洋を思い出す。
「ウメェ〜。そう言えば、俊洋ってトウモロコシ好きだよな」
「ああ。トウモロコシのぬいぐるみを強請ったぐらいのトウモロコシ好きだな」
春香に買ってもらったトウモロコシのぬいぐるみをベッドに持ち込んで抱き締めて寝ているのを見た時は、あまりの可愛さにしばらく眺めていた。
今でもトウモロコシのぬいぐるみは大事にしている。
「もしかして……?」
「送ったぞ。トウモロコシだけじゃなく、ジャガイモとか玉ねぎもな」
純也のように現地で食べるのも良いが、さすがにトウモロコシを食べるだけの為に北海道に来る事は大変だろうと思うので、市場で買って送ってやった。
「そっか。春さんも喜ぶだろうな」
大きな段ボールを開けて、北海道の美味い野菜を見て目を細める春香を想像すると、雄太は自然に笑顔になってしまう。
「トウモロコシたっぷりのコロッケ……。ヤベェ。ヨダレが出てきた」
「お前なぁ……」
苦笑いを浮かべた雄太だが、実際に北海道のジャガイモを使ったコロッケは本当に美味しかったのを思い出した。
「前にさ、ジャガイモ送った時に春香が作ってくれた牛スジ肉を入れたコロッケ、マジ美味かったな……」
「牛スジ肉のコロッケ……だと?」
「そうそう。じっくり煮込んだ牛スジ肉が入ってんだよ。んでな……」
「雄太っ! それ以上言わないでくれっ! 明日、雄太と一緒に栗東に帰りたくなるからっ!」
真剣な顔で言う純也に雄太は目を真ん丸にした後、ニヤリと笑った。
「春香の牛スジ肉の煮込みってマジ美味いだろ? それがコロッケの中にいっぱい入ってんだよ」
「ウワァー。やめろぉ〜」
純也が両手を耳に当てているのを見た雄太はドヤ顔をして語る。
「じっくり煮込んで柔らかくなった牛スジ肉をそのまま食べるのも良いんだけどさ、コロッケのジャガイモに牛スジ肉の汁が染み込んでてさ」
「雄太ぁ〜」
耳を手で押さえているだけじゃ声は聞こえてしまう。それが分かっているから、雄太はさらに純也に顔を近づけてニマニマと笑いながら話す。
「ソースとかつけなくても美味いんだよな。ジャガイモが家に届いたら、春香に作ってもらおう」
酔っ払った雄太はいじめっ子だと春香に言いつけてやると決心した純也だった。




