941話
3月9日(月曜日)
凱央が学校から帰ってきて、子供達は揃ってダイニングでオヤツを食べている。
「パパ。デイに、リンゴもっていっていいよね」
「ん? 良いぞ。ちゃんと調教師に許可もらってるからな」
「うんっ!」
「パッパ、ボクモ、デイニリンゴアゲル〜」
「ああ」
雄太はソファーに座りながら春香を見ると春香にニッコリと笑って頷いた。
(ははは。もうしっかり準備出来てるって事だな)
雄太はのんびりとコーヒーを一口飲んだ。
重賞を勝ってたくさんの人から祝福をしてもらうのも嬉しいが、家族が喜んでくれるのが一番嬉しかった。
(凱央と俊洋嬉しそうだな。デイの事を気にいってるしな)
悠助もインポータントデイの事は好きなのだが、やはりメイゲイルが一番好きなようだ。
(まぁ、どの馬が好きとかあっても当たり前だよな。騎手になったらそんな事も言ってられないから、今の内だけだよな)
ポニーじゃなく競走馬に会う事を楽しみにしている子供達の様子が本当に嬉しいと思った。
「デイ〜」
春香が声をかけると耳がピンッと立ち、首を精一杯伸ばしてくるインポータントデイの様子が、やはりカームマリンとダブってしまう雄太だ。
(大型犬馬だ……。カームと同じだ……)
当番の厩務員も口元に拳をやって忍び笑いをしている。
「馬なのに……。犬みたいに尻尾振って……」
そんな小さな声で呟いているのが聞こえ、雄太はうんうんと頷いていた。
「一生懸命頑張ってたね。格好良かったよ」
春香がベビーカーのハンドルを握っていて近づいてきてくれないと思ったインポータントデイは、ガッガッガッと派手に前掻きをし始めた。
「こいつは…。春香、とりあえず撫でてやってくれ」
雄太が呆れたように言ってベビーカーのハンドルを握った。
「うん」
春香は笑いながら美理愛を雄太に任せて馬房に近づいた。待ってましたと言わんばかりに首を下げているインポータントデイの鼻面を撫でる。
「鷹羽さん、春香さんって馬を犬にするスキル持ちですか?」
「そうかも知れないな」
雄太は苦笑いを浮かべた。
(そんな事ないぞって言えないんだよな。あのデイの甘え方を見てるとなぁ〜)
鼻面を撫でてもらい、首筋をポンポンと叩いてもらってご満悦なインポータントデイは春香に顔を寄せている。
(犬っぽくなるのは良いとして、何かデイの奴俺を見てドヤ顔してないかっ⁉)
時折、インポータントデイがチラリと横目で見ている気がした。
(馬にドヤ顔されてるなんて……。落ち着け、俺……。相手は馬だ……)
そうは思ったが、早く春香と離したほうが良いなと考えた瞬間、インポータントデイが春香の頬をペロリと舐めた。
「お……お前なっ! カームと同じ事すんなぁ〜」
その時、後ろから大きな笑い声がした。
「ぶははは」
「ね……根岸調教師」
雄太が振り返り、腹をかかえて笑っている根岸を情けない顔で見た。
「いや……すまん、すまん。だが……ぶっ」
根岸は常日頃キリッとした顔で馬に跨った雄太と今の表情の差にツボってしまったのだ。
「雄太くんがそんな顔をするとはな。ブフッ」
「ううう……」
顔を赤くしながら唸る雄太の姿がおかしくて、根岸はしばらく笑い続けていた。
凱央達もインポータントデイにリンゴをあげたり撫でたりして、雄太達は根岸厩舎を後にした。
乗馬教室へ歩いて向かう道すがら、雄太はチラチラと春香を見ていた。
(何で春香は馬に好かれるんだ? ゲイルだって最初は警戒してたのに、春香には大人しく撫でられてたよな?)
馬は賢くて、人を覚える事があるというのは聞いた事がある話だ。
(騎手は鞭で叩くから嫌われるってのは聞いた事があるけど、会った事もない春香が好かれるのって……)
そして、子供の頃に当時の調教師達が言っていた言葉を思い出した。
(馬は子供に優しいだっけ?)
春香を見てなんとなく分かる気がして雄太は春香を見た。春香は不思議そうな顔をして雄太を見上げたが、雄太は春香の肩を抱いて笑って誤魔化した。




