940話
3月8日(日曜日)
中山競馬場 11R 第35回報知杯弥生賞 G2 15:40発走 芝2000m
インポータントデイと同じ馬齢の十三頭の戦いだ。
インポータントデイは二番人気だった。
「デイ、落ち着いていこうな。俺達ならやれるぞ」
パドックで騎乗前に雄太が声をかけると、インポータントデイはグッと気合いを入れたように見えた。
雄太宅のリビングでは、いつもと同じように子供達がテレビ前でポンポンをフリフリしていた。
「パパ、デイ。がんばれ〜」
「パーパ、パーパ。デ〜イ、デ〜イ」
「ガンバレェ〜!」
「相変わらず賑やかね」
子供達の声援にニコニコと笑っている理保の太ももの上で美理愛もポンポンをフリフリしている。
「ダァ〜ウヤゥ〜」
理保に髪をツインテールにしてもらった美理愛は凱央達に可愛い可愛いと言われ、パヤッと笑っていた。
「ふふふ。私、女の子が出来たらって思ってた事を美理愛で実現出来て嬉しいわ」
「私、女の子らしい格好とか苦手だったんですけど、娘には可愛い格好をさせてやりたいんです」
「今の内に楽しませてもらうわ。大きくなったら本人の好きなようにさせたいものね」
「はい」
美理愛はどんな風に育つのか分からない。ずっと可愛い格好が好きかも知れないし、ボーイッシュな格好を好むかも知れない。
理保もそれは分かっていてくれて春香は嬉しく思っていた。
(女の子だし、雄太くんみたいに騎手になりたいとは言わないだろうな)
春香はキリリとした顔でパドックを周回している雄太を見詰めた。
ゲート前でもインポータントデイは大人しく自分の番がくるのを待っていた。
まだ幼さが残る馬はゲートに入るのを嫌がったりするが、インポータントデイは誘導員に曳かれるとスッとゲートに入る。
ガシャンっ!
ゲートが開いた瞬間にインポータントデイは綺麗なスタートをきり、前目の外側に位置取った。
2コーナーを過ぎた辺りでは安定していたインポータントデイは、3コーナーの登りの頂上から下りに入ると外目をスゥーと前に出始めた。
大写しになった画面の中の雄太を春香は瞬きも忘れて見詰めている。
(私にはよく分からないけど、いつもこの辺りで雄太くんがスゥーと順位を上げるのを見ると、勝てるのかもって思っちゃうんだよね)
初めて雄太のレースを見た時と変わらない熱い想い。そして、ワクワクとドキドキと楽しい気持ちと無事を祈る気持ちがある。
(最後まで無事に走り切ってね)
ゴール板直前で先頭に立つ事もあるが、3コーナー辺りで雄太が順位を上げていく姿が春香は好きだ。
「パパァ〜っ! デイぃ〜!」
「ガンバレ、パーパっ!」
「ガンバレェ〜!」
まだ先頭とは距離がある。それが分かっている子供達の声援が激しくなる。
4コーナーに差し掛かりインポータントデイは更に加速をした。
スピードに乗ったままインポータントデイは最終コーナーを綺麗に周り直線コースに入った。
馬群がバラけると観客席からの声援が大きくなる。
インポータントデイのスピードは衰えずグングンと差を詰めてゴール板手前百メートル辺りで並んだ。
その瞬間にも歓声が湧き立つ。
ゴール板手前でかわしたインポータントデイは一着で駆け抜けた。
「やったぁ〜! 雄太くん、格好良い〜! デイ、良い子ぉ〜!」
「パパとデイがかったぁ〜!」
「パーパ、イチバンナッタァ〜」
「パッパァ〜、パッパァ〜」
子供達はピョンピョンと跳ね回り、春香も立ち上がっている。
(本当、春香さんは雄太が勝つと子供みたいに喜ぶのね。幸せ者ね、雄太は)
理保は抱っこをしている美理愛も嬉しそうに体を揺らしているのを落とさないように気をつけながらテレビに視線を向けた。
(おめでとう、雄太)
いつの間にか夫である慎一郎を大きく越えていった息子を誇らしく思っている。
我が息子の愛する妻と子供達と一緒に息子のレースを見て声援を送る時間が、理保にとって幸せな時間になっている。
理保は雄太も幸せ者だと思いつつも、自身も幸せ者だと思って幸せを噛み締めていた。




