939話
初め歩くシーンを両祖父母にも見せた美理愛はしばらく凱央に抱きついていたが、初めて歩いたので疲れたのか座り込んだまま春香に抱っこをせがんだ。
「マー」
「はいはい。おいで」
春香はビデオカメラをリビングボードの上に置いて、両手を伸ばしている美理愛をヒョイと抱っこしベビーチェアに座らせた。
リビングテーブルに置いていたベビーマグを持たせると、美理愛はンクンクと美味しそうにお茶を飲んだ。
(え? 今の『マー』ってママって意味か……?)
雄太は美理愛を椅子に座らせて、キッチンへ向かった春香に声をかけた。
「は……春香……。今、美理愛『ママ』って言ったか……?」
「え? あ、うん。午前中に『マー』って言ってくれるようになったんだよね」
「ああ……。初めて歩いて行き着いた先が凱央で、ママが先とか……」
ガックリと肩を落とした雄太に慎一郎がゲラゲラと笑った。
「お前、春香さんに負けるのは良いとして、凱央に負けるとか笑わせてくれるな」
「笑い事じゃないってのっ! 俺は真剣なんだぞぉ〜っ!」
当の美理愛は雄太の事を気にする素振りも見せなかった。
雄太は美理愛の隣に行った。
「美理愛。パパだぞぉ〜。パ・パ」
「バゥダダダァ〜」
「じゃなくて、パパって言ってくれよぉ〜」
慎一郎はニヤッと笑って雄太の肩をポンポンと叩いた。
「気持ちは分かるが諦めろ。とりあえず祝いをするぞ。美理愛が歩いたのを見ていて時間を喰ったからな」
ニヤニヤと笑う慎一郎に苦虫を噛み潰したような顔で雄太は頷いた。
「じゃあ、美理愛。お誕生日おめでとう。乾杯」
「ンマニャ~」
皆の乾杯に合わせて美理愛はベビーマグをフリフリした。
「美理愛ももう一歳なのね。あっという間だったわ」
「ですよね。子供の成長って早いですね」
理保と里美は、美理愛が美味しそうにマッシュポテトやトマトを食べている姿に目を細めていた。
直樹達からは新しい洋服で慎一郎達からは新しい靴がプレゼントされた。今日、一人で歩く事が出来たのだから、新しい靴を履いて外で遊んだりするのも近いだろう。
慎一郎達はしみじみと唯一の女の子の孫の可愛さについて語っている。
美理愛のひな飾りはリビングボードの上に置いてある。大きなひな飾りは出し入れも大変だからだ。
「なんなら年がら年中雛人形出してても良いのに」
「お父さん……。美理愛が結婚したいって言ったらどうするの?」
「嫁には……やりたくない……」
直樹は相変わらずだ。
「そんな事を言ってると、物凄く早くお嫁に行っちゃうわよ? もしかしたら、高校卒業と同時にお嫁に行っちゃうかもね」
「うぉ〜っ! そう言う事は言わないでくれ」
里美がからかうと、直樹は雄太のほうを真面目な顔をして見た。
「頼むから美理愛が早くに嫁に行きたいって言ったら阻止してくれよ?」
「え? それは俺も思いますけど……」
春香が呆れたような顔をしながら美理愛の頭を撫でた。
「美理愛のウェディングドレス姿はきっと可愛いと思うけどなぁ〜」
「春ぅ……」
春香がクスクス笑っているからからかっているのは確実なのに、直樹は目をウルウルさせている。
(お義父さんって……)
雄太は自分を見ているようだと思って苦笑いを浮かべていた。
「そろそろケーキ食べようか?」
春香がニコニコと笑って提案すると、子供達は嬉しそうに賛同した。
美理愛の誕生日でありひな祭りという事で、淡いピンクのケーキの上にはイチゴに細工をした雛人形が乗せてある。
「ケーキ屋のおじさん手間をかけて作ってくれたんだな。このお雛様の細かい細工、凄いな」
春香のお気に入りのケーキ屋の店主が作ってくれた一点物だ。
雄太が切り分けて、美理愛のケーキと春香のケーキにイチゴの雛人形を乗せた。
「これは美理愛の分で、こっちが春香のな」
「うん。ありがとう」
凱央達のには普通のイチゴを乗せてやる。
「じゃあ、いただき……あ」
雄太が皿を配り終える前に、美理愛はイチゴにかぶりつき口や手をクリームだらけにして皆を唖然とさせ、大笑いをした。




