936話
2月24日(火曜日)の夕方。
「雄太兄ちゃん、お邪魔します。春香、ただいまっ!」
元気な声が雄太宅の玄関に響いた。
「おかえり、健人」
「健人くん、おかえりなさい」
競馬学校騎手課程を卒業し滋賀に戻ってきた健人が遊びにきた。
「ほら、早く上がれ」
「うん。雄太兄ちゃん家、メチャクチャ久し振りだぁ〜」
雄太のトレーニング機器を使わせて欲しいと、週に何度も訪れていた健人。三年経っても変わらない雄太宅のリビングに入った。
そこには三年で一番変わったというか、成長した凱央達と初めて会う美理愛がいた。
「ダレ……?」
「マッマ。シラナイヒトガァ〜」
「ウ……ア?」
悠助と俊洋は春香に縋ってきた。美理愛はベビーウォーカーで春香の横にやってきた。
「アチャア〜。悠助とは遊んだんだけどなぁ〜」
健人はポリポリと頭を掻いた。
「ん〜。凱央は俺の事を覚えてるよな?」
「うん。けんとにいちゃん」
「おぉ〜。久し振りだな。元気にしてたか?」
「げんきだよ」
雄太は健人と一緒にリビングのソファーに座った。
「悠助、俊洋。こっちにおいで」
悠助と俊洋は恐る恐る雄太の傍に近づいた。
「この人の名前は小園健人。悠助も俊洋もママのお腹にいる時にお守りを届けてくれたり、元気で産まれてきてくれるようにってお祈りしててくれたんだぞ」
「ン……?」
「マッマノ?」
悠助と俊洋はジッと健人を見るが、お腹の中にいたと言われても分かる訳がない。
そこに春香がコーヒーを淹れて持ってきた。
「悠助、俊洋。健人くんはね、パパと一緒の騎手なんだよ。もう少ししたら馬に乗ってパパみたいにレースに出るんだよ。一緒に応援しようね」
「パーパト、イッショ?」
「ンマタンノルノ?」
健人が騎手になると説明された悠助と俊洋は健人のほうに近づいた。
「お? 悠助と俊洋は馬とか騎手に興味あるのか?」
「ウン。ボクハ、モモチャンニノッテルノ」
「モモちゃん? あ、この前雄太兄ちゃんが言ってた乗馬教室のポニーか。悠助も乗馬が上手だって聞いたぞ」
褒められた事が嬉しかったのか、悠助は健人の前に立った。
凱央は健人の前に座っている。
「凱央も乗馬が凄く上手いんだって、慎一郎調教師が自慢しまくってた」
「うん。ぼくね、馬にのるの楽しいんだよ」
「そっか。いつかパパみたいにサラブレッドに乗れるように頑張れ」
そう言った健人に頭を撫でられて、凱央は嬉しそうに笑った。
(え? サラブレッドにって言われて笑ってる……? 凱央は騎手になるつもりなのか……?)
雄太は嬉しそうに笑っている凱央の言葉が頭の中で何度もリピート再生されていた。
(父さんが聞いたら飛び上がって喜びそうだな。しばらく黙っておくけど)
慎一郎が暴走しそうな気がした雄太はうんうんと頷いた。
俊洋は健人の顔をジッと見ていたが、リビングボードに置いていたヘルメットと春香の手作りインナーを持って健人に見せた。
「ボクノ、ヘウメッチョ」
「え? 俊洋も乗馬してるのか?」
俊洋は首を左右に振った。
「ヨウチエンイクヨウニナッテカラ」
「そっか。幼稚園に行くようになったら頑張って行くんだぞ?」
「ウン」
その後、凱央達は健人に応援用のポンポンを見せたりして、健人との距離はグングンと縮まったようだった。
健人は春香と約束した時の事を思い出していた。
(凱央がお腹にいる時に子供が産まれたら遊んでやるって言ったけど、三人も男の子産まれて、女の子もいるんだもんな)
健人は美理愛のほうをチラリと見る。泣きはしてないのだが、難しい顔をして健人のほうをチラチラ見ては春香のほうへゴロゴロと音を立ててベビーウォーカーで逃げ出している。
(俺、小さい女の子って関わったのっていつだっけ? 親戚の家の子とかはあったけど……)
泣かれるよりはマシだなと思いながら美理愛をガン見するのはやめておいた。怖がらせてはいけないと思ったからだ。
(これから慣れていけば良いよな。うん)
健人は雄太達との会話を楽しんだ後寮へと帰って行った。




