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君と駆ける······  作者: 志賀 沙奈絵


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935話


 数日後、悠助はリンゴなどが入ったタッパーを抱えて江川厩舎に足取り軽く訪れた。


 春香と凱央達は先に乗馬教室に向かっていた。少しずつ美理愛がポニーに興味を示しだしたからだ。


「パーパ。ハヤクハヤク〜」

「分かった、分かった」


 勢いよく坂道の歩道を駆け上がって行く悠助と後を追いかけている雄太が楽しそうだなと思って春香は見送っていた。




 テッテッテと先に先に歩いて行く悠助だったが、雄太との約束を守り馬房のある建物の前で立ち止まっている。


 その悠助の声が聞こえたメイゲイルは馬房の奥から出て来て、悠助のほうに顔と耳を向けた。


「お? ゲイルの奴、悠助くんの声を完璧に覚えたな?」

「そのようですね」


 江川の顔が明るくなっているのにも雄太は気づいていた。


(ゲイル、ずっと勝てなかったもんな)


 管理馬が勝てない事は調教師としても胃が痛くなる事だろう。しかも、メイゲイルは走る才能もあると分かっているからこそ、あれこれやっていた。


 メイゲイルに合う騎手をと考えて乗り替わりも頼んだ。そして、馬主オーナーと話し合い雄太に騎乗依頼したのだ。


(雄太くんに頼んで良かった。ゲイルの目がガラリと変わったんだよな)


 江川は馬主オーナーと話し合った時にハーティグロウの話になった。『勝てない』『勝てなくなった』そう言われていたハーティグロウを勝たせた事から期待した。


 そして、馬房の前でメイゲイルに大きく手を振っている小さな存在を見詰める。


(あの子が……。悠助くんにだけ向けたゲイルの目。俺や厩務員達には見せなかったゲイルの表情。無垢な心を持つ小さな存在がゲイルを変えた。俺達の完敗だな)


 雄太に抱っこされてメイゲイルの鼻面を楽しそうに撫でている悠助と、ガラリと性格が変わったように甘えているメイゲイルの姿を見詰めた。


 悠助はグイグイと鼻面を押し付けくるメイゲイルの顔に抱き着き満面の笑みを浮かべている。


(慎一郎調教師(せんせい)が孫を騎手にと夢を見ているのが分かる気がするな。馬に寄り添いモチベーションを上げられる騎手なんて調教師としては喉から手が出る程欲しいぞ。確か長男の凱央くんがデビューする頃には、まだ慎一郎調教師(せんせい)は現役で、悠助くんの頃には定年だって言ってたな……)


 思わず皮算用してしまう江川の思いを知るはずもない悠助は、タッパーの中からリンゴを取り出しメイゲイルの口元に持っていってやっている。


「ゲイユ。イッパイタベテ、ツギモカッテネ」


 悠助の笑顔とメイゲイルがリンゴをむさぼり食っている姿に、それまでの気苦労が報われた気がしていた。




「悠助。上手いぞ」


 慎一郎は更にグンッと上手くなった悠助に大きな声で褒めた。


(今までも凱央同様上手く乗っていたが……。悠助に何があった?)


 しっかり手綱を握り、キリリとした顔で前を見ている悠助が雄太とダブって見える。


 慎一郎は悠助とメイゲイルとの経緯を知らない。


(うむ……。まぁ良い。孫がどんどん上達してくれるのは儂にとってもありがたい事だからな)


 そして、チラリと凱央のほうに視線を向ける。


 凱央の上達ぶりにも慎一郎には嬉しくてたまらない。


(凱央も四月から三年生だ。中学生になったら、騎手課程の受験をすると言ってくれるだろうか?)


 目の前に悠助がモモちゃんをピタリと止める。


「うんうん。悠助、本当に上手くなったな」

「ウン。ボク、モットモットガンバルヨ」

「ああ。ジィジは楽しみにしとるからな」


 春香と俊洋と美理愛は練習場の外で見守ってくれている。


 最近、美理愛がポニーを興味深そうに見ているのも慎一郎には嬉しくてたまらなかった。


(美理愛は全く馬やポニーに興味を持たないと思っとったからな)


 凱央達の時は触らせて欲しいとの催促が激しかったが、美理愛はベビーカーから少し身を乗り出す程度だ。触らせて欲しいとせがむ程ではない。


 それでも全く興味がないよりは良いと思っていた。


(美理愛は女の子だからな。騎手になりたいなんて言われたら儂がどうして良いか分からん)


 慎一郎を見てパヤッと笑う美理愛の将来を色々と考える慎一郎だった。







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