933話
2月14日(土曜日)
東京競馬場 11R バレンタインステークス 15:40発走 芝1800m
「なぁ、ゲイル。お前、良い調子だよな。俺、お前が気持ち良く走れるように乗るから、な?」
雄太がメイゲイルに話しかけて背中に乗った。メイゲイルは軽い足取りでパドックを歩き始めた。
雄太はメイゲイルの背中に跨った感じが変わった気がした。
(あれ? 何か木曜日の追い切りの時と感じが違う……?)
それが何か分からないが、グンッと良い感じが伝わってきた。
輪乗りをしている時もメイゲイルのやる気のようなものが背中から伝わって来た。
(ゲイル……。あ……これって……)
それまでの馬と違うと感じた事に覚えがあった。
(これって……ハーティの時と一緒じゃないか?)
『ハーティはもう終わった』と言われていた時、何とかハーティを勝たせたいと思っていた雄太や調教師達の思いを受けて、やる気に溢れたハーティの時のようだった。
(そっか。お前も『まだやれる』って思ったんだな)
雄太はいくら騎手がやる気があっても、馬が走りたがらないと駄目だというのは何度も経験してきた。
「頑張ろうな、ゲイル。お前の逃げについてこられるヤツなんて早々いないんだからな」
メイゲイルはクッと顔を上げてゲートに入った。
「ゲイユっ! ガンバレェ〜っ!」
パドックの時点から悠助は力を入れて声援を送っていた。
(悠助は本当にゲイルが好きなんだな)
今日の悠助のポンポンはメイゲイルのメンコと同じ黄緑色だ。
『マーマ。ポンポン、ゲイユトオナジイロガイイ』
木曜日、江川の厚意で悠助はメイゲイルに会わせてもらったのだ。
「ゲイユ。アノネ、ボクイッパイオウエンスルカラネ」
雄太に抱っこされて一生懸命に話しかける悠助に、メイゲイルは首を伸ばして顔を寄せてきた。
(え? ゲイルが……? これって、撫でろって事か?)
雄太が一歩馬房に近づき、悠助がそっと手を伸ばすと鼻面を近づけた。悠助が鼻面を撫でてやるとメイゲイルはもっと撫でろというようにグイグイと押し付けていた。
(ゲイルが悠助に甘えてる……)
そして、翌日悠助は春香に黄緑色のポンポンを強請ったのだ。
ガシャン
ゲートが開いた直後、メイゲイルはグングンと加速して一気に先頭に立った。
観客席からはどよめきが起きる。恐らくは大逃げの態勢に入った雄太への罵倒が大半だろう。
メイゲイルは逃げ馬ではあるが、97年の5月10日以降一勝も出来ていなかったのだ。
「パパっ! がんばれっ!」
「パッパァ〜」
凱央と俊洋が雄太に声援を送る。
「ゲイユっ! ゲイユっ! イチバンナッテっ!」
悠助がメイゲイルに声援を送る。
(凄い……。ずっと先頭走ってる……。1800メートルを先頭で走り切るの……?)
春香はメイゲイルの過去のレースを見ていたが、今雄太と駆けている姿は全くの別の馬に見えた。
他馬の追い上げもものともせず、メイゲイルは先頭をひたすらに駆けている。
(ゲイル、頑張ってっ!)
春香も声援を送った。
「アバァウォウ〜」
美理愛も大きくポンポンを振っている。
3コーナーを過ぎても、直線コースに
入っても、メイゲイルは先頭をのびのびと駆けていた。
スパートをかけているはずの後続馬を雄太はチラリと見た。その余裕のある姿が示すように、メイゲイルは圧倒的な強さでゴール板を一着で駆け抜けた。
「ゲイル。お前、凄いぞ。よく頑張ったな」
雄太がポンポンと首筋を叩く。
観客席は逃げ馬メイゲイルの圧勝に湧きに湧いていた。
「マーマ。ゲイユ、カッタヨ。イチバンナッタァ〜」
「うん、凄かったね」
「ウンっ! ゲイユ、ゲイユ〜」
悠助は満面の笑みでポンポンを掲げていた。
(悠助、本当に嬉しそう。またゲイルに会いたいって言うんだろうな。また雄太くんにお願いするんだろうな)
メイゲイルの久し振りの勝利に江川も馬主も喜んでいるだろうなと思うと、春香も嬉しくなった。




