929話
2月インポータントデイの重賞出場が決まっていた。
「そっかぁ〜。新馬戦一着で、次が二着だったもんね。応援しなきゃ」
そう言ってチラリと雄太を見上げた春香の言いたい事は分かっていた。
「ちゃんと調教師に許可もらってるから」
「えへへ。雄太くん、ありがとう」
カレンダーに予定を書いていた雄太に思いっきり抱き着く春香を受け止めた。
(相変わらずだなぁ〜)
子供のようにピョンピョンと跳ねながら喜ぶ春香を見て、子供達は不思議そうに眺めていた。
「デイ。重賞出るんでしょ? 頑張ってね。応援してるからね」
インポータントデイは春香に鼻面を撫でられご機嫌だった。少しでも手を止めると前掻きをして催促している。
「なんだろなぁ〜。どっかで見たような光景なんだよなぁ〜。その内、舐められるのかもなぁ〜」
美理愛の乗ったベビーカーのハンドルを握りながらブツクサ言う雄太を見て、根岸は時折小さく吹き出してしまいながら雄太をチラチラ見ていた。
「調教師……。マジで悪い事じゃないんですよ?」
「す……すまん。つい……な。どこぞの大型犬って言われてた馬との事を思い出すんだよ」
根岸は目に薄っすらと涙を浮かべながら笑っている。
まだ馬房に入って良いと言われていない子供達はウズウズしていた。
「パパ。まだ?」
「パーパ。パーパ」
「パッパァ〜。ナデナデシタイヨォ〜」
「ん? ははは。分かった分かった」
春香は手を洗わせてもらい美理愛の元に戻った。今回も美理愛は黙ってジッと馬を眺めている。
「じゃあ、順番な?」
雄太は俊洋を抱き上げてインポータントデイの傍に近づいた。
「デイ。ガンバユンダヨ?」
インポータントデイは俊洋の手が触れた瞬間、フンッと鼻息を吹いた。
「ウハァ。ゴメンネ。ユビハイッタ?」
どうやら鼻の穴に指が入ったようだった。
俊洋の次は悠助。そして凱央もインポータントデイを撫でさせてもらいご機嫌だった。
「デイは本当に大人しい子ですね」
「まだまだ幼さは残ってるがね」
「走ってる時は落ち着いてませんか?」
「走るのが好きなんだよ。後、春香さんにかまってもらうのは大好きらしいな」
「あはは」
春香達が馬に会う事を良く思っていない厩舎関係者がいるのは分かっている。
『観光地の馬と同じに思ってもらってるのではないか』
慎一郎に苦言を呈してくる調教師がいたと根岸は聞いていた。
(それを言えば香水の匂いをプンプンさせた女タレントとかが馬の扱いの分からんままに取材にくるほうが迷惑だと思うんだがな)
春香が自厩舎にやってきて、馬に対面する事は何度もあった。どの馬も耳を絞らず……と言うよりかまってくれと催促している馬が殆どだ。
それ以前に静川厩舎にいたカームマリンとの触れ合いを何度も目にしていて、人と馬がこれほどまでに心が通じるのかと驚かされた。
(雄太くんもだが、春香さんには馬と心を通じ合わせられる何かがあるのだろうな。雄太くんには、馬を見る目も女を見る目があるって事だな)
雄太の事は子供の頃から知っている。あちこちの厩舎を覗き、目を輝かせていた姿も何度も見た。
(たまに慎一郎さんに『馬房に入るなと言っただろう』ってゲンコツ喰らってたよな)
思い出し笑いをしていると、子供達にインポータントデイを撫させ終わった雄太が近づいてくる。
(今や押しも押されぬ一流なんだもんなぁ〜。まだ二十代だってのに。まぁ、19でG1を獲る子だ。その後もG1を獲り、海外でも勝つ子だ。それで一流じゃないとか言う奴はモグリだろうて)
タッタッタと駆け寄ってきた凱央が根岸の前に立つ。
「ねぎしせんせい。デイのすきなものってなに?」
「ん? デイは人参でもリンゴでも何でもよく食うぞ」
「えっと……ね。つぎのレースかったらオヤツあげてもいい?」
「ああ。デイも喜ぶぞ。また見に来てやっておくれ」
「うんっ!」
凱央は後ろを振り返り弟達に根岸に言われた事を説明してやっている。
その微笑ましい姿に雄太を重ねて根岸は心がポカポカしていた。




