926話
純也と梅野は翌日も仕事なのでと寮に戻って行った。
(レースが終わったからって休みじゃないもんね)
春香は帰っていく純也と梅野に手を振りながら、慌ただしくも楽しかったなと思っていた。
たくさんの料理を作らなくてはならなかったが、純也も梅野も子供達と遊んだりしてくれるから、家事が楽なのだ。
(美理愛を見ててもらえるのが本当に助かるんだよね)
ベビーウォーカーに乗ってアチコチ動けるようになってきた美理愛からは目が離せない。
雄太達が見ていてくれた時にソファーに突撃した事があり、口をあんぐりさせた。
「美理愛……。お前の突進迫力あるな……」
「マイスイートエンジェルぅ……。パワフルだねぇ……」
苦笑いを浮かべた二人を美理愛はキョトンとした顔で眺めていて、春香は必死で笑いを堪えていた。
仕事から帰った雄太は春香がダイニングテーブルでミシンを使っているのを見て、椅子に座って置いてあるキルティング生地を手に取った。
「春香、何作ってんだ?」
「俊洋がヘルメットをかぶる時の頭のインナーみたいな物……かな?」
「こんな三角形みたいなのがか?」
「帽子って三角形だよ?」
雄太の頭の上に疑問符が湧きまくった。
春香はリビングで遊んでいる俊洋と美理愛の様子を見ながら、切った生地を縫い合わせていく。
「おぉ〜。確かに帽子っぽくなってきたな」
「でしょ?」
全部の生地を縫い合わせ、顎紐として平ゴムを付けた春香は俊洋を呼んでかぶせてみた。
「うん。丁度良いね」
「マッマ。コレナァニ?」
「俊洋がヘルメットかぶる時に要る物だよ」
雄太が悠助のお古のヘルメットを持ってきてかぶせてやった。キルティング生地のおかげでヘルメットはズレる事なくフィットした。
「チャント、マエミエル〜」
「うん。じゃあ、ヘルメットかぶる時は最初にこの帽子かぶろうね」
「ウン。マッマ、アリガトウ〜」
俊洋は嬉しそうに笑った。
(春香は色々考えて作るんだなぁ〜)
雄太はふと思い立ちマジックを取ってきた。
「俊洋。ヘルメットと帽子に名前書いてやるぞ」
「ウン」
雄太はヘルメットと帽子の後ろ側に平仮名で『としひろ』と書いてやった。
それをベビーウォーカーに乗って見ていた美理愛も嬉しそうに笑って手をパチパチと叩いている。
「さてと、そろそろお買い物に行かなきゃ」
「ん? そんな時間か。土曜日に家にいるなんて殆どないから感覚が変だな」
「あはは。そうなっちゃうよね」
春香はミシンを片付け、ダイニングテーブルの上を綺麗に拭いた。
「俺も買い物について行くよ」
「ゆっくりしてなくても良いの?」
「たまには家族揃って買い物するのもリフレッシュになるんだよ」
「うん」
子供達も大喜びで、ソファーに座って靴下を履いている雄太に一気に駆け寄った。
悠助と俊洋はソファーに上って雄太の腕にしがみつく。
「パパとおかいもの〜」
「ワーイ。パーパ、ハヤクハヤク」
「パッパ。コレキル〜」
「バゥバ〜、ウダウバブ〜」
子供達に絡みつかれ埋もれてしまった雄太に春香は笑いが堪えきれなくなり、口元を押さえながら笑っていた。
✤✤✤
大晦日。子供達が寝静まって雄太と春香はソファーで並んで座っている。
「一年が終わるな」
「うん。今年も格好良い雄太くんが見られて嬉しかったよ」
「春香が喜んでくれるから俺は頑張れるんだぞ? 今は子供達が喜んでくれてるのもたけどな」
「うん」
春香は頷いて雄太の胸に頭を預けた。
「来年はデイとゲイルのレースが楽しみなんだよね」
「ははは。どっちも乗ってて気持ちが高まるってのかな? 今までも良い馬に乗せてもらってたけどさ。その馬ごとに伝わってくる何かがあるんだ」
同じ父親を持つタイプの違うの馬だからこその『どんな走りをしてくれるんだろう』というワクワク感がある。
色んなG1馬に跨ってきたからこその『何か』を感じた。言葉にするには難しいから、騎手なりの感覚だろうかと雄太は思っていた。
1997年が終わる。来年も春香の最高の笑顔が見たいと思う雄太だった。




