922話
11月29日(土曜日)
(やっぱり雨かぁ……。稍重だけど、どこまで渋いかなぁ……)
騎手控室で、雄太はパドックの様子を見ている。
「新馬の子はどれだけ雨が嫌いなのかイマイチ分かんないよなぁ〜」
「ですよね。調教とか、追い切りの全部を見られた訳じゃないから判断つかなくて」
同じレースに出る梅野と雨のパドックで周回している馬の様子を見詰めている。
「まぁ、とにかく足元に注意してこうぜぇ〜」
「ええ。新馬戦で故障とか嫌ですもんね」
「ああ」
新馬戦で走るリミットは決まっている。新馬で勝てなくて未勝利で走る事にも出来るが、ダービーなどの馬齢での出走条件があるものに出たいなら早くに勝ち上がり、賞金額を積まなければならない。
(ダービーに出たいなら……。ここで勝っておきたい……)
騎乗の号令がかかると雄太はフゥと息を吐いてパドックに向かった。
阪神競馬場 7R 3歳新馬 13:25発走 芝1600m
インポータントデイは単勝1.4倍の一番人気だ。
新馬戦という事もあり、ゲートに入るのを嫌がったり、ゲート内で落ち着きがない馬がいるが、インポータントデイは大人しくゲートに入った。
ガシャン
ゲートが開くとスッと出たインポータントデイを、雄太は先行集団に位置を取らせた。
先頭争いをする集団の後ろが空いた。その隙間を見逃さず、雄太はロスの少ない内ラチ沿いへと導いた。
一瞬一瞬のレース展開を見て、コースをとっている雄太の判断をモニターを見ていた純也は感心しながら見ていた。
(雄太のあの一瞬の判断はやっぱスゲーな。馬群の隙間をくぐり抜けるのもスゲーしさ)
幼馴染で親友で同期という長い付き合いをしている純也にとって、雄太は自慢の親友でもあるが尊敬もしている。
「純也。口をポカンと開けてるとアホみたいだぞ?」
「おっち……じゃなくて慎一郎調教師」
ついいつもの癖で『おっちゃん』と呼びそうになり言い換えた純也の隣に慎一郎は立ち、一緒にモニターを見ている。
その間にもインポータントデイは4コーナーを周り直線コースへと入っていた。
最内にいたはずのインポータントデイはいつの間にか先行二頭の外側に出されていた。
(いつの間に……。雄太は手品師かよ)
恐らく先行二頭がもうもたないと判断したのだろう。
(前を塞がれるよりは外のほうが良いって思ったんだろうな。後ろは離れてるし)
慎一郎も我が息子ながら判断の早さには一目置いている。
インポータントデイは先行の馬に並び、そして抜き去った。
(何か楽勝って感じだよな。クソぉ〜。良い馬だよなぁ〜。ん? あれ? 梅野さん、何着だっけ?)
同じレースに出ていたはずの梅野の騎乗馬の番号は掲示板になかったなと思っいながら騎手控室へ向かった。
慎一郎は雄太の走りとインポータントデイの強さに感心しながら、今日春香達が競馬場に来られなかった事を残念に思っていた。
(早く美理愛とも口取り写真に収まりたいもんだな)
真剣な顔をしながら、内心可愛い孫との口取り写真がぁ〜などと考えているとは誰も思っていないだろう。
インポータントデイの新馬戦があった土曜日に四勝、翌日曜日にも一勝を上げた雄太は12月を待たずしてリーディングは単独1位になっていた。
「今年も雄太のリーディング1位は決定だよなぁ……」
「ははは。なんたって俺には勝利の女神が二人もいるからな」
阪神競馬場からの帰り、純也は雄太の車の助手席で、ファンの女の子からもらったというお菓子をバリボリ食べていた。
「俺にも勝利の女神、来てくんねぇかなぁ〜っ!」
「叫ぶなよ……。全くぅ……」
雄太はお菓子の箱を抱えてキャンキャン言う純也に苦笑いを浮かべた。
「てか、腹減ったなぁ……」
「お菓子食いながら、腹減ったとかギャグか?」
「お菓子は消化するのが早いんだよ」
「頼むから、それうちの子達に教えるなよ? 教えたら出禁だからな」
「へいへい」
春香は出会ってから変わってないなと思っていたが、純也も子供の頃と変わらないなと思いながら高速道路を栗東インター向けて走らせる雄太だった。




