921話
11月28日(金曜日)
今日は雄太と春香の結婚記念日だ。
調整ルームに入る前に雄太は春香にプレゼントを渡した。そして、春香からも雄太に手渡した。
雄太と春香がお互いに手渡したのは色違いのキーケースである。雄太は所有している車3台分の鍵と自宅の鍵の四本をセットする。春香は自分用の車とワンボックスカーの鍵と自宅と東雲のマンションの鍵と店の鍵の五本だ。
初めて春香から贈られたエルメスのキーケースから、雄太はずっとエルメスを愛用している。そして、春香にも色違いをプレゼントしていた。
「春香。俺と結婚してくれてありがとう」
「雄太くん。私と結婚してくれてありがとう」
雄太がプロポーズしてくれた時の事を春香は昨日の事のように覚えている。雄太もプロポーズをして春香が泣いて喜んで受けてくれた事をはっきりと覚えている。
1988年にプロポーズして、その後結婚をしたのに、今も雄太は春香に変わらぬ愛情をもっている。
(初めて出会ってから来年で10年になるんだな。あっという間な気がするけど)
お互い新しいキーケースに鍵をつけて笑い合う。
雄太の収入からすればそんなに高い金額の物じゃないと言われるかも知れないが、春香はそれ以上の事や物を求めてこなかった。
『毎日が幸せで、これ以上求めたら罰が当たりそうな気がするんだもん。大きな家があって、子供達が元気いっぱいなんだよ? 何より大好きな雄太くんと一緒にいられるだけで、私は世界一幸せだって思ってる』
そう言って最高の笑顔を見せた。
毎朝早く起きて、雄太の朝食を作り仕事に送り出した後、子供達の世話をしている春香。時折、マッサージの仕事に出かけたり、理保と買い物に行ったり、一緒に家庭菜園をしている春香。
(何年経っても、春香らしく生きてる春香が大好きだ)
出会った頃の春香の半分凍っていた心を溶かせる事が出来て本当に良かったと思う。
柔らかく温かく自然に笑えるようになった春香が、自分の腕の中にいてくれる事が幸せだと思う。
「来年も俺と一緒にいてくれよな?」
「うん。これからもずっと一緒にいようね」
思う存分に春香とキスを交わして、雄太は純也を迎えに寮へと向かった。
「雄太……」
「ん?」
寮に迎えに行くと純也は横目で雄太を見た。
「春さんとイチャイチャしてただろ?」
「は?」
「顔が緩みまくってるの気がついてねぇの?」
少し黙った後、雄太は二ヘラと笑った。
「だよな? 今日は結婚記念日だもんな。どうせ歯が浮くような甘ったるいセリフ吐いて、イチャイチャしたんだろ? ああ〜っ! 羨ましいっ!」
「ソル……。お前、欲求不満か?」
頬を膨らませブーブーと文句を垂れ流す純也に、雄太は笑いながら答えた。
「俺は彼女もいないってのに、雄太には可愛い妻と可愛い子供達がいるなんて……。神様は不公平だ……」
「はいはい。てか、文句ばっか言ってると老けるぞ?」
「何だよ、その謎理論」
『謎理論』とは言ったが、純也は来月の誕生日で28歳になる。多少、年齢を気にしているらしい。
「おかしいよな。俺は30になる前に結婚してると思ってたのに」
「そうなのか? 俺、そんなの考えた事なかったなぁ〜」
「そんな奴がもう結婚してて子供四人とか……。やっぱり神様は不公平だ……」
話が元の位置に戻ったと思った雄太はゲラゲラと笑った。
「あ、そうだ」
「ん? 何だよ?」
「今年もさ、凱央とソルの誕生日会と忘年会とクリスマスの合同パーティーするんだけど」
年末恒例の合同パーティーを今年は25日にする事にしようと春香と決めた。
最初は24日でも良いかと思っていたのだが、凱央と悠助の乗馬教室でクリスマス会をするとの事で一日ずらしたのだ。
「もちろん行くぜ。春さんの飯を腹いっぱい食う日だからな!」
「ははは」
「今からならリクエストしたら春さん作ってくれるかなぁ……」
一人ブツブツと春香への料理リクエストを呟いている親友の姿がおかしくて、笑ってしまいそうで口をムグムグとしてくるのを雄太は必死で堪えていた。




