919話
江川にお礼を述べて、雄太達は江川厩舎を後にした。
(悠助はゲイルに何かを感じたのかな?)
いつも馬に触りたがる凱央と俊洋しは、雄太が何も言わなかったからずっと見ていただけだった。
許可なく馬房に入ってはいけないと分かっているのを守っていたのは褒めるべきところだから、雄太は凱央と俊洋の頭を撫でてやった。
ゆっくりと歩きながら話している雄太を春香が見上げている
「あ、えっとな。もう一頭会わせてやりたい馬がい……る……ん」
雄太が言い終わる前から、春香が目をキラキラさせていて、立ち止まった雄太を子供達も見上げて目をキラキラさせている。
(プッ。やっぱり子供達の馬好きは春香の遺伝だよ)
雄太は必死で笑いを堪えながら、根岸厩舎に向かった。
「根岸調教師。お邪魔します」
「おう、雄太くん。待ってたよ」
「根岸調教師。その後お変わりはありませんか?」
「ああ。すこぶる良い調子だよ」
根岸も春香の施術を受けた一人だ。
「じゃあ、さっそく馬房に行くかぁ〜。おチビちゃん達、ウズウズしとるみたいだからな」
「ははは。お願いします」
根岸は笑いながら馬房へと向かった。
「デイ。調子良さそうだな」
雄太が声をかけると黒鹿毛の馬体が美しい馬が馬房から顔を出した。
根岸がインポータントデイの鼻面をワシャワシャと撫でる。
「この子が雄太くんに新馬戦で乗ってもらうインポータントデイだよ。まだ三歳だから、幼い部分もあるが良い走りをするんだよ」
「綺麗な子ですね。インポータントデイ、初めまして」
春香がニッコリと笑って挨拶をすると、インポータントデイは首を上下に振った。
馬齢はメイゲイルの一歳下だ。少し幼い気もするが、馬によって性格は全然違う。人懐こい子や神経質な子、のんびり屋の子やヤンチャな子と様々だ。
「ははは。デイは春香さんに撫でられたいようだな」
「デイ……。お前、そんな性格だったか? 頼むから春香を舐めまくるのはやめてくれよ?」
恐らく根岸は春香が馬に舐められる話を聞いた事があるのだろう。口元に拳を当てて笑っている。
「まだ若いからジャレつく事があるかも知れんが催促しとるようだから撫でてやってくれ」
「はい」
春香はゆっくりとインポータントデイに近づいた。クリクリとした目で見詰めてくるインポータントの鼻面に手を伸ばす。
「新馬戦頑張ってね。応援してるからね?」
大人しく撫でられているインポータントデイの様子を雄太はジッと見ていた。
(同じ父親の産駒なのにな。ゲイルとデイ……)
全ての気性が遺伝する訳ではないとは分かっている。もしかしたらインポータントデイのほうがまだ幼いのかなと思っていた。
凱央達はウズウズの限界が来たのだろう。
「パパ。ぼくもなでたい」
「パーパ、パーパ」
「ナデナデシタイ〜」
雄太は頷いて、我慢の限界を考えて俊洋から抱っこしてやった。
「ほんの少しだけだぞ?」
「は〜い」
「ウン。スコシダケ」
「ウン」
俊洋の次は悠助で、最後に凱央を撫でさせた。
インポータントデイは子供達に撫でられても大人しくしていた。
(見た目はデイのほうが黒くて怖そうに見えると思うんだけどな)
栗毛のメイゲイルと黒鹿毛のインポータントデイの何かが違うと子供達は感じたのかも知れないと思った。
「それじゃお邪魔しました」
春香が江川に深く頭を下げる。馬房から出ようとすると、インポータントデイが嘶いた。
「おい、デイ。お前、何鳴いてんだ?」
江川が振り返りながら言うと、インポータントデイは前掻きをしていた。
「まさかと思うけど……」
雄太が美理愛の乗ったベビーカーを押している春香を見た。
「え?」
「春香。もう一回馬房に入ってみてくれるか?」
「うん」
不思議そうな顔をした春香が一歩馬房に入った。インポータントデイの前掻きが激しくなる。
「やっぱり……。春香、もう一回デイを撫でてやってくれ」
「あ〜。そういう事ね」
春香が笑いながら鼻面や首筋を撫でてやると、どことなくインポータントデイがうっとりしている気がした雄太だった。




