918話
11月17日(月曜日)
「江川調教師、お邪魔します」
「こんにちは、江川調教師」
雄太は凱央が学校から帰ってから、春香と子供達を連れて江川厩舎を訪れていた。
「待ってたよ、雄太くん。春香さん、いらっしゃい。凱央くん、悠助くん、俊洋くん。美理愛ちゃんだったね」
美理愛と同じ年頃の孫がいるという江川は目尻を下げて笑っている。
「じゃあ、馬房に行こうか?」
「はい。えがわせんせい」
「ハ〜イ」
「ハイ」
子供達が右手を挙げて返事をすると、江川の目尻が更に下がったなと思って雄太は笑いながら見ていた。
美理愛はキョロキョロと周りを見回している。時折見える馬が珍しいのだろう。
「ゲイル」
雄太が声をかけると、メイゲイルは栗毛の鬣を揺らして視線を向けた。
「本当は子供達にも撫でさせてやりたいんだけど、この子ちょっと気難しくてな」
「そうなんだ?」
春香は少し離れてる状態でメイゲイルを見上げた。
「こんにちは、メイゲイル」
メイゲイルはジッと春香を見ている。雄太はそっと見守っていた。
春香とメイゲイルはお互いを見つめ合っていた。そして、春香はゆっくりとメイゲイルに手を伸ばした。
「は……」
危ないからと名前を呼ぼうとしたが、その前に春香はメイゲイルの鼻面に触れた。
メイゲイルは耳も絞らずに大人しく撫でられていた。
(え……? ゲイルが……初めて会った春香に撫でさせてる……)
それでも、カームマリンやゾルテアレックスのように甘えたりしている感じはなかった。
(警戒してるって感じなのかな? ゲイルは人懐こいって感じじゃないし……な)
雄太が見守っていると、悠助が小さな声でメイゲイルの名前を呼んだ。
「メイゲイユ、ボクユースケッテイウンダヨ」
メイゲイルはその声の主である悠助のほうに視線を向けた。雄太は悠助が近づくのではないかと思ったが、悠助は馬房に近づく事なくメイゲイルに向かって話続けた。
「アノネ、メイゲイユ。メイゲイユハ、イチバンデハシッテテ、カッコヨカッタヨ」
悠助は両手を体の前でギュッと握り締めながら、一生懸命に話している。
「ボクネ、オウエンシテルカラネ。メイゲイユ」
江川は黙ってその様子をみていた。
「悠助くん。メイゲイルに触ってみるかい?」
そう言われて悠助は江川を見上げた。いつもは雄太が『良い』と言うまで馬房に近づいてはいけないと分かっている悠助が小さく頷いた。
「調教師……」
「雄太くんが言いたい事は分かってる。けどな、ゲイルが悠助くんを見てる目には警戒心が薄い気がするんだよ」
雄太は江川の言葉をうけ、メイゲイルを見る。メイゲイルの視線は悠助を見ていて、その目が優しげに感じたのだ。
そして隣に立っている凱央と俊洋には目もくれず、なぜか悠助だけを見ている事に気がついた。
「悠助くん。ゆっくり近づいておいで」
江川に言われ、悠助はゆっくりと江川の横に近づいた。メイゲイルの視線は悠助を追っていた。
春香は撫でていた手を止めて、一歩後ろに下がった。春香が撫でるのをやめた事に気づいてないのか、メイゲイルは催促する事なく、やはりジッと悠助を見ている。
(え……。何でだ? 何でゲイルは悠助を……)
江川は悠助をヒョイと抱き上げた。
「ゲイル。お前は小さな子供に会った事なかったよな。この子は、お前と仲良くしたいんだとよ」
江川は一歩メイゲイルに近づいた。その視線はメイゲイルの耳を見ている。少しでもメイゲイルの耳が後ろに行けば歩みをとめるつもりなのだろう。
「悠助くんが触っても良いよな? ゲイル」
また一歩近づいた。メイゲイルはジッと悠助を見ているが、耳はそのままだ。そして、首を少し下げた。
「メイゲイユ」
悠助の伸ばした小さな手がメイゲイルの鼻先に触れた。
「イイコ、イイコ」
そのまま、悠助が撫でるがままに撫でさせていた。
(慣れてない厩務員にも耳を絞ってたゲイルが……)
雄太は驚きながら悠助とメイゲイルを見詰めていた。




