915話
9月15日(金曜日)
朝起きてから雄太は慌ただしく動いていた。
(えっと、花屋に行って……。ケーキ屋に行って……)
数日前に春香と相談をして、月曜日の誕生パーティーはしない事を決めたのだ。
✤✤✤
「あのね。凱央は学校でしょ? 悠助は幼稚園で月曜日の昼間にパーティーって難しいって思ったの」
「確かにな……」
春香の言葉に雄太はうんうんと頷いていた。
「月曜日の夕方は凱央と悠助の乗馬教室あるし」
「そうだな。じゃあ、プレゼントだけは誕生日当日に渡すよ。それで良いか?」
「うん。どこかに俊洋と美理愛を連れて食事にでもって思ったんだけど、凱央達抜きで行くのは嫌なの」
そして、春香の誕生日は雄太がプレゼントをして月曜日の夜に少し豪華な食事をする事に決まった。
✤✤✤
(春香は特別な日には凱央達兄妹を誰が一番とか、そういうのしたくないんだよな。普段も出来るだけ一緒にって思ってるみたいだし)
雄太も同じように思っているから、春香と意見が食い違い喧嘩になったりする事はない。
雄太自身、誕生パーティーを遅らせた事がある。
(子供達が成長していく事で、色々と変わっていく事は変じゃない。俺達家族には俺達のルールがあって良いんだよな)
着換えを済ませて、調整ルームに持っていくバッグをシューズクローゼットに置いてからリビングに行くと、俊洋と美理愛がなぜかハイハイをして追いかけっこをしていた。
「何やってんだ?」
「パッパ。ミリアト、オニゴッコダヨ」
「鬼ごっこ……」
恐らく美理愛に鬼ごっこが何たるかなどは理解出来ていないだろう。ただ、俊洋に追いかけてもらってるのが嬉しいと推測が出来た。
俊洋が雄太と話していて追いかけてくれないと気づいた美理愛はハイハイで俊洋に近づき何やら言っている。
「ンナゥ、バゥバ、アゥア〜」
(もしかして……早く追いかけてきて……とか言ってんのか……?)
雄太が唖然として見ていると、鬼役だった俊洋が、またハイハイで美理愛を追いかけ始めた。
美理愛はキャッキャと笑いながらハイハイでリビングをあちこち這っている。
雄太は俊洋と美理愛に占拠された所為でダイニングで麦茶を飲んでいる春香の斜向かいますに座った。
「鬼ごっこって、ああいうのだっけか?」
「多分違うと思うけど、二人が楽しそうだから良いかなって」
「だな」
春香が立ち上がり食器棚からグラスを取り出し、冷凍庫の氷を入れるとカラカランと涼し気な音がした。
「マッマ。ボクモ、オチャノム〜」
「ヤゥア、ダダゥ」
「ミリアモダッテ」
リビングから俊洋が走ってきた。その後を美理愛が凄い速さのハイハイでついてくる。
「はいはい」
春香クスクスと笑いながら俊洋のコップと美理愛のベビーマグを取り出し、麦茶のボトルを取り出し注いでやる。
「はい。座って飲むのよ?」
ペタンと座った俊洋と美理愛は美味しそうに麦茶を飲んだ。春香は雄太の分の麦茶を注ぎ手渡す。
「ありがとう、春香」
雄太の言葉を聞いて、俊洋がハッとして春香を見上げた。
「マッマ。オチャアリガトウ」
「タゥト、イヤウ〜」
「うん。良い子ね」
飲み終わったコップを俊洋がキッチンへ持っていこうとすると、美理愛がベビーマグをブンブンと振り回した。
「ミリア、モウイイノ? ジャア、ボクガモッテイクネ」
俊洋は美理愛のベビーマグを受け取り、キッチンへ置きに行った。
(ん〜。俊洋も喃語の通訳出来てるんだよな? 正解なのかは判断出来ないけど……)
見ていて全く違うとは思えないなと思いながら麦茶を飲み干し、草津の駅前へと車を走らせた。
「春香、誕生日おめでとう」
「ありがとう、雄太くん」
真っ赤な薔薇の花束を手渡した雄太に春香は薄っすらと涙を浮かべながら笑った。
「ずっとずっと傍にいてくれよな」
「うん。雄太くん、大好き」
出会った頃から大好きだった笑顔を守り続けたように、これからもずっと笑顔でいてもらえるように頑張ろうと思いながら雄太は阪神競馬場の調整ルームへ向かった。




