914話
8月18日(月曜日)
北海道から春香のマッサージを受ける為に一度帰ってきた雄太は、蒸し暑さに辟易していた。
「こっちは暑いよなぁ〜」
「今年は本当に暑いよね。でも、さっきの土砂降りの通り雨で今は涼しいけどね」
春香は収穫鋏とカゴを持ち、雄太に美理愛を任せプランターのほうに行った。雨で濡れた芝生の水滴がキラキラと太陽の光を反射して光っている。
パチンパチン
雨に濡れたトマトやキュウリを収穫していく心地が良い鋏の音が庭に響く。
「アゥア〜。アゥ〜」
「どうした? 美理愛」
「ミャウァ〜。ヤウヤ〜」
なぜか美理愛が春香のほうを見て騒ぎ出した。後追いなのかと思い、ベビーチェアから抱き上げるが、美理愛は両手をパタパタと動かしていた。
「はいはい。ちょっと待ってね」
「え? これの意味が分かるのか?」
「うん」
春香が戻ってきてカゴをウッドデッキに置いてトマトを一つ手に取り、横のある水道で綺麗に洗って皮を剥いた。
「ウマウマウマァ〜」
「まさか……」
春香からトマトを受け取ると美理愛はアムッとかぶりついた。雄太はゆっくり食べられるように美理愛をベビーチェアに座らせた。
「トマトの催促とか」
雄太が苦笑いを浮かべて美理愛の豪快な食べっぷりを見ていると、門扉の外に車が停まる音がして呼び鈴の音がした。
「ん? 俺が見てくるよ」
「うん」
雄太が門扉に向かうと梅野と一緒に戻って来た。
「春香。梅野さんが春香に用って」
「ごめんねぇ〜。家族団らんの時間に〜」
春香は一瞬ビックリした顔をしたが、歩いてくる梅野に少し眉を寄せた。
「梅野さん。いつからですか?」
「ははは……。春香さんには敵わないなぁ〜」
(いつから? 春香は何を言ってるんだ……?)
春香は雄太に美理愛を任せ、梅野と共に地下のマッサージルームへ向かった。
「ウゥ〜ッ! イテテテテ……」
「そりゃ痛いですって。こんなにコリ固まってるんてすから」
「ウギギギギィ……」
雄太が美理愛とマッサージルームに向かうと、半裸の梅野が顔を歪めていた。
「ウバァ〜」
「おぉ……。マイスイートエンジェルぅ……」
美理愛の声を聞いて、梅野はニッと笑った。
そして、春香の手がグイッと背中を押すと再び梅野の顔が歪む。
「ウォーッ! そこはっ!」
「美理愛に手を出します?」
「ご……めん……ってぇ〜」
春香はニコニコと笑ってはいるが声は真剣そのものである。
「てか、梅野さん。これはいつからですか? 原因分かってます?」
「先週なんだけどぉ……。朝起きて痛いなぁ……って思ってぇ……。多分、寝違えたんだとぉ……」
キリリとした春香に梅野はしどろもどろで答える。
「先週? 梅野さん……」
「いやっ! あのねぇ……、整体とか行こうとは思ったんたけどぉ……。向こうで調教頼まれててぇ……」
「言い訳……ですよね?」
「はい……」
ハァーっと春香が盛大に溜め息を吐いた。
「動ける程度だったから何とかなるかと思ったんだけど、さすがに鈍い痛みが続いてるしぃ……。庇ってて他に痛みが出るしぃ……。さすがに春香さんにお願いしようって思ってぇ……」
「もう……。分かりました。今度から、もう少し早く来てくださいね?」
「スミマセン……」
時折うめき声をあげる梅野を、美理愛は不思議そうな顔で見ている。
そこにパタパタと凱央達がやってきた。
「まさき兄ちゃんきてる〜」
「ボク、オウエンシテタヨ〜」
「ボクモ〜」
少しずつ痛みが治まったのか、梅野は笑顔で凱央達を見た。
「チビーズ、応援ありがとうなぁ〜。パパに負けちゃったけど、次は真希兄ちゃんが勝つからなぁ〜?」
ニヤリと笑った梅野にプゥと頬を膨らませた凱央達が猛反撃をする。
「つぎもパパがかつんだもん」
「パーパ、ツヨインダヨ」
「ダメ〜。パッパガイチバンナンダヨ」
「うぅ……。俺の味方がいないぞぉ……」
梅野はシクシクと泣き真似をしていて、雄太と春香は必死で笑いを堪えていた。
一晩雄太宅でくつろぎ、翌日すっかり痛みから解放された梅野は、春香のマッサージの腕を再確認し北海道へ戻って行った。




