896話
4月24日(木曜日)
悠助の誕生日当日、夕飯の少し前。二階で遊んでいた悠助が泣きそうな顔でリビングに来た。
「パーパ……」
「どうした? 悠助」
「オナカイタイ……」
「えっ? ど……どこだ……?」
「ココ……」
悠助が押さえているのは右の下腹だ。雄太は服の裾から手を入れて触れてみた。
(これって……盲腸か? 確か筋肉痛みたく固くなるんじゃなかったか?)
春香が直樹達に引き取られてから少しした頃、盲腸炎になった時がそうだったと言っていたのを思い出す。
「雄太くんっ! 車出し……。悠助どうしたの?」
「春香、車ってどうした?」
話が噛み合っているようで合っていない。
「凱央がお腹痛いって。多分盲腸だと思うの」
「悠助がお腹痛いって言ってて。多分盲腸だと思うんだ」
「「え?」」
雄太と春香は顔を見合わせた。
「な……何で? 盲腸なんて感染るものじゃないのに」
「分かんない。えっと……とりあえず重幸おじさんに訊いてみる」
「分かった。俺は母さんにヘルプをお願いしてくる」
「うん」
雄太は悠助と凱央を並んで寝かせて慎一郎宅へ向かい、春香は東雲病院の医院長室にいるであろう重幸に電話をかけた。
「母さん。悪いけど直ぐ来てくれる? 凱央と悠助が具合が悪くて」
「何だとっ⁉ 凱央と悠助がかっ⁉」
理保に助けを求めたはずが、雄太の横を走り抜けていったのは慎一郎だった。
「ちょっ……」
「どんな感じなの?」
理保は庭履きのサンダルを履きながら雄太宅へ向かって歩く。
「多分盲腸じゃないかと……」
「二人揃って……?」
理保は目を丸くしていた。雄太は頭を搔きながら頷く。
「凱央。悠助。しっかりしろよ? ジィジがついてるからな?」
「うん……」
「ジィジ……」
リビングで慎一郎は痛そうに顔を歪めている二人の孫の頭を撫でていた。
俊洋は二人の兄の異変にグズグズと泣いている。
「雄太くん。やっぱり盲腸みたい。直ぐ行くって言っておいたから」
「了解。じゃあ、俺運転する。キッズシートには座らせられないと思うから父さんは凱央で春香は悠助を抱いてやってくれ。母さんはしばらく俊洋と美理愛を頼む」
「分かったわ」
雄太は免許証や財布をジーンズのポケットに詰め込み、凱央達を乗せて東雲病院へ向かった。
「しかし、まぁ……。仲が良いとは思っていたが盲腸になる時期が一緒とはな。双子でも一緒に盲腸になるなんて聞いた事がないぞ」
「おじさん。無理を言ってごめんなさい。でも、おじさんがいてくれて良かった」
春香がホッとしたように息を吐いた。重幸は春香の頭を撫でながら笑った。
「かまわん、かまわん。ゆっくりしていけ」
「おじさん。それ何か違うよ?」
全身麻酔ではなかったのだが、痛くて泣いていた凱央と悠助はスースーと眠っていた。
「そうか? ははは。じゃあ、何かあったら言うんだぞ」
春香だけでなく、凱央達まで職権乱用する重幸は特別室から出ていった。
特別室に並べられた二つのベッドの間に椅子を置いて、春香は眠っている二人の髪をそっと撫でた。
(悠助のお誕生日のお祝い、退院して普通食が食べられるまで延期だなぁ……)
美理愛のお宮参りの後、慎一郎と直樹が協力してウッドデッキに鯉のぼりを飾ってくれた。
「お父さん、そのピンクの……」
「ああ。雄太がいて、春香がいるだろ? で、凱央と悠助と俊洋がいるなら美理愛もいなきゃな」
「ありがとう、お父さん」
一番大きな真鯉と少し小さな緋鯉の下には青い鯉がある。そして、悠助が生まれ緑の鯉を買い足し、俊洋が生まれた時にオレンジ色の鯉を買い足してくれた。
そして、直樹と里美はピンクの鯉を買い足して来てくれていた。
「美理愛だけないなんて俺は我慢出来ないからな」
「直樹ったら、美理愛が産まれて直ぐにピンクの鯉を買わなきゃって言ってたのよ」
そんな事を思い出していると少し気は紛れた。
(雄太くんがいてくれて良かったな……。調整ルームに行っちゃった後だったら、大変だったもんね)
一度自宅に戻り、入院準備や学校と幼稚園に連絡を入れてくれている雄太に感謝をしていた。




