886話
直樹達が新生児室から戻ってきた。理保が新生児ベッドをゆっくりと押している。
雄太は、サイドテーブルに置いておいた色紙と筆ペンを直樹に差し出した。
「お義父さん。命名書、お願いします」
「え? 今回も俺?」
直樹は慎一郎に視線を移す。慎一郎は優しい笑みを浮かべる。
「これで、二回ずつって事で。東雲さん、お願いしますよ」
「分かりました。雄太、この子の名前は?」
雄太は一度春香のほうを見て微笑み、直樹のほうに向き直った。
「名前は美理愛です。美はお義母さんから。理は母さんから一文字をもらって、二人のように愛に溢れ、人から愛される娘になってもらいたいって事で美理愛です」
直樹は筆ペンをもったまま固まり、里美と理保は大きく目を見開いて口元を手で覆っていた。
「そうか、そうか。里美さんと理保のように……か。良い名前だ」
慎一郎はうんうんと大きく頷いていた。
「私……。女の子だから春香から一文字取るんだろうなって思っていたのに……」
里美の頬に涙が伝う。
春香を引き取り養母となってから、ずっと春香の幸せを願っていた。その春香の娘の名前に自分の名前の一文字を入れてくれると聞いて、溢れる涙を押さえる事が出来なかった。
「お母さん」
「春香……」
ニッコリと笑う春香に頷くだけで、里美は何も言えなくなっていた。理保も無言で涙を流している。
「よ……よし。美理愛だな」
直樹はグイッと手の甲で目元を拭った後、スゥーと息を吸い込んで、色紙に筆ペンを走らせた。
『美理愛 3月3日午前8時5分2900g』
書き終えた直樹はホッとしたように命名書を眺めていた。
悠助と俊洋はサイドテーブルにあったティッシュボックスを手に取り、里美と理保の涙を拭いてやっている。
「ありがとう、悠助」
「俊洋、優しいお兄ちゃんね」
春香が雄太を見上げる。その視線に気づいた雄太が笑って頷く。
性別が分かってからいくつもの名前を考えた。雄太が里美と理保の名前から一文字取りたいと言って、最初は『美保』にしようかと考えていた。
『二人のように愛情深い人に育って欲しいよな』
雄太はそう言った後、『愛』を加えて『美理愛』が良いと言った。
そして、その説明をした今、里美も理保も涙を流して喜んでくれている。
(ちょっと珍しい名前かも知れないけど、これも個性だよな)
里美と理保は涙を拭いてくれていた孫の頭を撫でて笑っていた。
「凱央」
「あ、パパ」
雄太は学校まで凱央を迎えに行った。
雄太は凱央を車に乗せるとキッズシートに座らせシートベルトを締めた。
「パパ。もしかして赤ちゃんきたの?」
「ああ。可愛いぞ」
「わぁ〜。たのしみ〜」
病院へ向かう間も凱央は嬉しそうだった。
「わぁ……。小さくてかわいいね」
凱央はそっと美理愛の手を指で撫でる。
「みりあ。ぼくはときお。おにいちゃんだよ」
美理愛は凱央をジッと見詰めている。そして、パヤッと笑った。
「凱央も、こんな感じで小さかったんだよ」
「ぼく、ゆーすけととしひろがきたのはおぼえてるよ」
「え? 俊洋の時は分かるけど、悠助の時も覚えてるの?」
「うん」
凱央はニコニコと笑って、美理愛の指をツンツンとつついた。美理愛は指を開いて凱央の指を握った。
「えへへ」
鷹羽家の長男はこれからますますお兄ちゃんとして頑張ってくれるだろうと雄太も春香も思った。
雄太は一度、凱央達を連れて自宅に戻った。凱央の乗馬教室があるからだ。
乗馬教室に着いた凱央は、大きな手振りで小野寺の元へ走って行った。
「おのでらせんせー。ぼくにいもうとがうがきたんだよ」
「え? あ、妹だったのかい?」
小野寺の問に雄太はニコニコ笑って頷いた。
「ええ。今朝無事に生まれました」
「そうか、そうか。良かったなぁ〜」
「ちょっ‼ 小野寺先生まで泣かないでくださいって」
「歳を取ると涙腺が弱くなるんだよ」
小野寺は目元をゴシゴシと擦りながら笑っていた。
美理愛は名前の通り、既に多くの人が涙を流して喜んでくれる娘だなと雄太は思っていた。




