884話
毎度準備されている特別室に入り、春香と直樹は荷物を片付け、雄太と里美は院外に向かった。
「春香。四人目の出産はいきなり早くなる可能性もある。何かあったら直ぐ言うんだぞ?」
「うん」
「じゃあ、俺は分娩室の準備を見てくるからな」
そう言った重幸は、春香の頭を優しく撫でた後、病室を出ていった。
「おじさんったら、いつまで私を子供扱いするんだろ」
「親にとって、子供はいくつになっても子供なのと同じように、兄さんにとって春香はいくつになっても子供なんだよ」
直樹は自分も春香を子供扱いしてる自覚はあるから、重幸の言動は理解出来るのだ。
(春香を養女にするって言った時の渋い顔からは想像出来ないデレっぷりが、慎一郎さんに似てるんだよな)
重幸は春香の実親の事などから養子縁組を反対した。慎一郎は雄太の年齢や将来を考え交際自体を反対していた。
(どっちも間違ってないんだよな。でも、今春は愛されてる。俺はそれが一番嬉しい)
洗面用具などを置いてきた春香がピタリと立ち止まる。
「来たか?」
「うん」
まだ立ち止まってやり過ごせる程度だから、直樹が椅子から立ち上がる前に春香はソファーのほうに座った。
ゆっくりと音を立てないように病室の扉が開いた。院内の売店はまだ開いておらず、雄太と里美はコンビニへ行ってくれていたのだ。
「春香の好きな梅おにぎりあったぞ」
「ありがとう、雄太くん」
「朝食にしたら二時間以上早いけど、直樹も食べちゃってね」
「ありがとう、里美」
雄太と里美がビニール袋から飲み物やおにぎりを取り出して並べていく。
春香は梅おにぎりを美味しそうに食べる。
「しっかり食べなきゃ体力保たないもんね」
「だな」
雄太も明太おにぎりを頬張る。
早朝に起きる事が当たり前の生活をしてる二人にとって早起きという程の時間ではない。
(春もこの時間に起きて眠そうじゃないんだな)
調教が夏時間だともう起きている時間の雄太と春香は、普通の朝食といった感じで食べている。
食べている最中にも陣痛がくるが、春香は顔をしかめているぐらいで、里美は冷静に腕時計を見ている。
「少し長くなったわね」
「うん。もう一個食べようっと」
「高菜のあるわよ」
「あ、高菜食べる」
呑気な春香と里美に雄太も直樹も苦笑いを浮かべた。
(出産前とは思えないな)
(春も里美も落ち着いてるなぁ……。焦ってるのは俺と雄太だけか?)
春香は高菜おにぎりをパクパクと食べ、里美は医師の顔をして陣痛間隔をメモしていた。
食事を終えてしばらくすると陣痛間隔は短くなり、強さも増してきた。
「うっ……くぅ……」
「良い感じになって来たわね」
「お母さん。今何時?」
「六時半過ぎたわ。子供達の心配?」
「うん……」
凱央と悠助がいれば大丈夫だとは思うが、やはり俊洋が心配になる。
「そうだな。電話して……」
「んっ!」
春香は言葉が詰まり顔をしかめる。里美は腕時計を見る。雄太は腰の辺りを擦ってやる。
「ハァ……ハァ……」
「一気に狭まったわね。次、強いのが来たら準備室に移動したほうが良いかも知れないわね」
「う……うん……」
深呼吸をしている春香の顔を覗き込む。
「母さんに、子供達の様子を訊くついでに出産が近いって電話してくるよ」
「うん。お願いね」
雄太はまだ就寝中の人もいるだろうと思い、携帯を持って建物の外へと向かった。
「あ、母さん。子供達は? もう起きてる?」
『ええ。それが、俊洋が……ね』
電話の向こうで俊洋の泣き声が聞こえた。
「あ〜。母さん、俊洋とかわってくれる?」
『俊洋。パパからお電話よ』
少し間があってグズグズと泣いている俊洋の小さな声がした。
『パッパ……。マッマガイナイ……』
「俊洋。ママは今、赤ちゃんのお迎えしてるんだ。俊洋はお兄ちゃんになるんだぞ?」
『アカタン、クユノ? ボク、ニイタンニナユ?』
「そうだ。凱央が学校に行ったらジィジとバァバと一緒に赤ちゃんを見にくれば良い。分かったか?」
『ウン』
雄太はやっと泣き止んだ俊洋にホッとし、急いで病室へ戻った。




