1079話
来客を知らせるインターホンの音で慎一郎と直樹は盤上から顔を上げた。
「来客のようですね」
「ですな。一旦席を外します」
「ええ」
慎一郎は後ろ髪を引かれる思いで応接間へ向かい、直樹は、ん〜っと伸びをして、凱央達とダイニングのほうへ向かった。
「ワタチガ、モッテイクノ」
「美理愛はお菓子のほうよ? まだお茶は危ないの」
「ボク、オチャモッテイク」
「俊洋もお茶は……」
直樹はキッチンの流しの手前で理保と里美がしゃがみ込んで俊洋と美理愛を説得していた。
春香はテーブルに置いた湯飲みの乗った盆と茶菓子の菓子器を交互に見詰めて悩んでいた。
「どうした? 春」
「うん。俊洋と美理愛がお手伝いをすると言ってて……」
直樹は何度も聞いていた子供達の正月のお手伝いの話を思い出した。
(ああ〜。これか)
直樹が苦笑いを浮かべていると、凱央が湯飲みの乗った盆を持ち、俊洋と美理愛のほうを向いた。
「おかしは順番だよ。最初は……美理愛ね」
「ウン」
長兄の貫禄だろう。サッと決めて歩き出した凱央に直樹は扉を開けてやった。
「ジィジ、ありがとう」
「お安い御用だ」
春香が菓子器の乗ったお盆を美理愛に持たせてやる。
「美理愛。ゆっくりゆっくりよ?」
「ハイ、マー」
凱央と春香と美理愛の背中を見送った直樹は俊洋の前に膝をついて頭を撫でた。
「お兄ちゃんの言う事を素直にきけて、俊洋は偉いぞ」
「ウン。トキオニイチャンダイスキダモン」
ちょっぴり残念そうな顔をしていた俊洋だったが、直樹に褒められて嬉しそうに笑った。
(凱央もしっかりしたもんだな。今年、五年生だもんな)
凱央がお兄ちゃんぶっているところを直樹は見た事がない。お兄ちゃんだからと我慢しているところも見た事はない。
(春と雄太が分け隔てなく育ててるって証拠だな)
理保と里美はホッとした顔をして、ちゃんという事が聞けた俊洋の頭を撫でてやった。
「としひろ。つぎはぼくと行くんだよ」
「ウン。ユースケニイチャン」
悠助の更なるフォローに直樹はお兄ちゃんとして立派になった悠助の頭を撫でてやった。
何度かの来客があり、凱央達は順番に茶や菓子を運んでいた。
来客の度に中断していた慎一郎と直樹の勝負は一勝一敗となった。
「いやぁ〜。久し振りに良い将棋が出来ましたよ」
「こちらこそ良い将棋が出来て楽しかったですよ。対局ありがとうございました」
慎一郎と直樹は隣同士に座り盃を傾けていた。
「夕飯までご馳走になってしまって。ありがとうございます」
「良いんですよ。里美さん達が雄太のところに泊まりでいらっしゃるなら是非にと言ったのは私達なんですから」
雄太と慎一郎が接客中に暇だった直樹が子供達の遊び相手をしてくれていたおかげで、春香と理保と里美がせっせと腕を振るったご馳走がテーブルの上に所狭しと並んでいる。
慎一郎と直樹の前には慎一郎宅に来た時からじっくりと煮込んだ鰤大根が置いてある。
「儂の好物を覚えて、良い塩梅の味付けでこうやって口にさせてくれる……。春香さんは本当に嫁ですな。義理というのをつけるのが申し訳ないぐらいですよ」
「ははは。春は自分がしたいと思う事をやっているだけですよ。鷹羽ご夫婦が春を可愛がってやってくださっているから率先して出来るんです」
春香は嫌な事を滅多に顔には出さない。だが、ストレスは体の不調として出る。
それは直樹が雄太にも慎一郎達にも伝えていた事だった。
「理保と一緒に野菜を育てている姿を見ていると、本当に娘が出来たような気になるんですよ」
「そう言ってもらえる春は幸せ者ですよ」
しみじみと話す二人のところに、悠助と俊洋が取り皿を持って来てちょこんと座った。
「ジィジ、そのおさかなとダイコンください」
「ボクモ、タベタイ」
慎一郎と直樹は驚いた顔をした後、微笑みながら飴色になった大根と鰤を少しずつ取り皿に乗せてやった。
悠助と俊洋はニコニコと笑いながら席に戻ってパクリと口に運んだ。
鰤大根という渋い食べ物を嬉しそうに食べる子供達を見て、慎一郎も直樹も幸せな気分になった。




