1071話
平日、買い物ついでに春香は美理愛を連れて東雲マッサージへ立ち寄った。
「ジィジ、バァバ〜」
美理愛はテッテッテと店に入り、カウンタへ一直線に向かった。
「あら、美理愛」
「バァバ〜」
春香が美理愛に続いて店に入ると、顔馴染みの常連客達が優しい笑顔を向けてくれる。
「春ちゃん、久し振りだね」
「お嬢ちゃん、大きくなったねぇ〜」
「いらっしゃいませ。しばらくぶりですね。体調はいかがですか?」
もう十何年も交わされた挨拶だ。皆、春香を温かく見守り慈しんでくれた人達であり、雄太と春香の子供達を可愛がってくれている。
毎回決まった時間や曜日に春香が訪れる訳でもないし、客達も同じように時間が空いた時や体が不調な時に来店するので、数ヶ月顔を合わさない事もある。
「足元に気をつけてお帰りくださいね」
会計が終わり帰る客にも笑顔を向けて頭を下げる。春香に小さく手を振って帰る客の顔も笑顔だ。
春香はカウンターに近づき、バッグから真っ白な封筒を取り出した。
「お母さん。これ、雄太くんからなの」
「あら? 何かしら」
表書きに『招待状』と書かれている封筒に里美は首を傾げた。
(え? 『招待状』……? 何の? どこに?)
不思議そうに眺めた里美を春香はニコニコと笑って見ている。
「直樹が帰って来たら一緒に見させてもらうわね」
「うん」
美理愛は慣れた様子でカウンターに近い長椅子によじ登った。そして、キョロキョロと周りを見回した。
「バァバ。ジィジハドコ?」
「ジィジは今日は病院のお仕事よ。美理愛が来てたって知ったら拗ねるわね」
楽しそうに笑う里美だが、直樹が病院での勤務を終えて帰って来た時に、『美理愛が来ていた』と告げたら盛大に拗ねるのが分かっているから苦笑いになってしまった。
「えぇ〜っ⁉ 春と美理愛が来てたっ⁉」
「ええ。お買い物のついでにってね」
病院勤務を終えた直樹は春香と美理愛の顔を見られなかったとガックリと肩を落とし、着ていたジャケットを脱ぐ事もなくダイニングの椅子にへたり込んだ。
「そんなに落ち込まないでよ。仕方がないでしょ? 直樹が休んだ人と勤務の交代の事なんて春香は知らなかったんだし」
「それはそうだけどさぁ……」
今日の外来担当医が体調を崩したからと直樹が交代で外来を担当する事になったのだから、春香は直樹が店にいると思って来たのだ。
春香の顔を見られなかったのもショックだが、可愛い可愛い孫の美理愛に会えなかったのがかなり堪えている様子の直樹に里美は春香から受け取った封筒を見せた。
「何だ、これ。『招待状』?」
「雄太くんからですって」
直樹は封筒の封を切って中から真っ白な便箋を取り出した。
『クリスマスオーナメントのお礼を色々と考えていのですが、春香と相談をして自宅への招待状を贈ります。出勤は少し大変にはなりますが、是非泊まりに来てください。お義父さんとお義母さんが良いタイミングでお越しください。お奨めは子供達が冬休みの間です。雄太』
便箋に丁寧に書かれた文字を読んで、直樹はニッと笑った。
(あいつ……。春香と付き合い出した頃から、たまに粋な事をする奴だと思っていたが変わらないな)
封筒の中には『御宿泊券』と書かれた長方形の紙が二枚あった。
「里美」
直樹は便箋と宿泊券を里美に見せた。里美は受け取った便箋に目を走らせた。
「最高の宿泊券ね」
「そうだな。頑張ってオーナメント作ったかいがあったな」
「ええ」
東雲マッサージは大晦日の午前中まで営業して元日のみ休みだ。交代で病院での勤務もあるから旅行など新婚旅行以外で行った事はない。
「雄太が春香が里帰り出産の時にここから通ってたんだし、今回はその逆だな」
「そうね」
冬休みで孫達が全員家にいる期間泊まって良いと言われて、直樹に断る選択肢がある訳がない。
「えっと……12月31日の午後からで良いよな? 冬休みは1月5日までか……」
直樹は立ち上がり新しいカレンダーを満面の笑みで眺めた。
里美は遠足の前日の子供のような直樹の姿をニコニコとしながら見詰めていた。




