1066話
東京から戻った雄太に思いっきり抱きついた春香は、しばらく縋り付いていた。
雄太は優しい笑みを浮かべて、春香の背中をポンポンと叩く。
「ありがとう、春香。一生懸命応援してくれたんだろ? 無事帰って来たからな」
春香は黙って小さく頷いた。自分の腕の中にスッポリ納まる最愛の妻は胸に顔を寄せてスリスリしていた。
ジャパンカップという大舞台で雄太とインポータントデイの優勝した事が嬉しくて堪らないのだろう。
フイッと顔を上げた春香の頬はピンクに染まっていて満面の笑みを浮かべている。
「めちゃくちゃドキドキしたの。でもね、デイがグングンと追い抜いて行くのを見てワクワクしたの」
海外の強い馬が来るんだと理解しているから感動し、そして心配で堪らなかったのだろうと雄太は分かっていた。
「ほら、いつまでも玄関にいたら体が冷えるぞ」
「うん。コーヒー淹れるね」
「ああ」
雄太はニコニコと笑う春香の笑顔に疲れが吹っ飛ぶ気がした。
フワリとコーヒーの香りがリビングに広がる。
春香は雄太の分のコーヒーと自分の分のホットミルクを持ってソファーに近づく。
「今日ね、凱央が本当に騎手になりたいんだなっていうのが伝わって来たの」
「凱央が?」
雄太がコーヒーカップを受け取ると、春香は雄太の隣に座った。
「雄太くんのレースを見てる顔が……何て言うのかな? 子供目線っていうより、騎手目線になってる気がしたの」
「そっかぁ……」
フワリと湯気が立つコーヒーを一口飲むと、自分が凱央ぐらいの歳の頃を思い出す。
横に座った春香がジャパンカップの中継を見ていた凱央の様子を伝えた。
うんうんと頷きながら聞いていた雄太はフッと息を吐いた。
「凱央、ちゃんと見てちゃんと理解しようとしてるんだな」
「雄太くんもこんな感じだったのかなって思っちゃった」
「いや、正直凱央のほうが俺よりしっかりしてると思うぞ」
春香はコクンとホットミルクを飲んだ。
「雄太くんはそう言うけど、お義母さんが凱央と雄太くんは同じだって言ってたよ」
「母さんが?」
「うん。凱央がレース映像を見てる時の顔は雄太くんがタイムスリップしてそこにいるみたいだって」
雄太は少し恥ずかしそうな顔をしてコーヒーカップを見詰めた。
将来の夢を語るのは恥ずかしいと言う人が多い世の中で、雄太は慎一郎のような騎手になりたいと口にして、その息子の凱央が大勢の前で騎手になりたいと口にした。
『ぼくは大きくなったらパパみたいなすごいきしゅになります。そして、ジィジのちょうきょうした馬でG1をとりたいです』
ダービーの祝勝会で、大勢の前で宣言した凱央は凄いなと雄太は思っていた。
その後、凱央が競馬を見たりする目が変わっていってるのは理保も感じ、雄太を見ているようだと春香に話していたのだ。
祖母としては、雄太の時と同じように心配はしている。
「俺も父さんと同じように騎手になりたいって思って、凱央も同じように思ってて、やっと母さんの気持ちが理解出来たんだよな」
「うん。騎手は命がけのお仕事だもんね」
春香も何度も考えた事だ。子供の人生だから余程の事がない限り止めたりしないとは思うが、心配はかなりある。
雄太の事も心配だが、凱央が騎手になったら、今以上に心配す事が多くなるのだと思う。
「凱央が騎手学校に行く時になったらどんな気持ちになるのかなぁ……」
「ん? 春香は幼稚園や小学校の時と同じように泣くだろ?」
「う……。泣かないって言えない……」
パッと見は気弱に見える春香だが、かなり気が強い面がある。
頑固な面を何度も見て来た雄太は笑いを堪え切れず笑ってしまった。
「うう……。笑わなくてもぉ〜」
「頑固者の春香も、泣き虫な春香も俺は大好きだぞ」
義父の直樹から聞かされた過去の春香からは想像出来ないぐらいに表情も喜怒哀楽もはっきりしている。
『そうなれたのは雄太の影響だからな。養父として感謝している』
何度も直樹に言われた言葉を思い出しながら、自分の勝利を喜んでくれ、我が子の未来を共に考えられる春香との生活に感謝をした雄太だった。




