1065話
(すごい……。パパは……本当にすごい……。デイもすごい……。ダービー馬って本当にすごいんだ……)
毎年たくさんの馬が産まれて、競走馬としてデビューをする為に育成されている。
そして、その年代で一番強い馬が得られるダービー馬の称号を持つインポータントデイが、雄太を背に外国馬と繰り広げているレースに凱央は目が離せなかった。
3コーナーを周り、4コーナーを過ぎ、大外にインポータントデイを持ち出した父雄太の姿がはっきりと画面に映し出される。
グングンと前へと進んでいるインポータントデイは着実に先頭へと近づいていた。
雄太の耳に届いているのはゴウゴウと唸る風の音と、周りの馬の蹴り上げる芝と土のキックバックの音。そして他の騎手の注意を促す声。
大外に持ち出すと前に他馬はいない。
一頭、また一頭と順位が上がって行くと、その度に観客が揺れるかと思う程の声援が沸き上がる。
その中には凱旋門賞覇者の馬の馬券を買っていて、インポータントデイが勝てば馬券を外す事になってしまうという怒号も含まれているのは確実なのだが。
「雄太くんっ! デイっ! 頑張ってっ!」
「後少しっ! 後少しだよっ!」
春香は両手をギュッと握り締め、凱央はソファーから立ち上がり声をかける。
「パパぁ〜っ! デイぃ〜っ!」
「パパっ! パパっ! ガンバレェ〜っ!」
「パーっ! パーっ!」
悠助達は足を踏みな鳴らし、ポンポンを振り回す。
また一頭、インポータントデイは他馬をかわしている。背後には凱旋門賞覇者の馬が近づいて来てはいるが、インポータントデイの脚色は衰えない。
「デイっ! デイっ!」
インポータントデイの引退が近いと聞いていた春香の目に涙が浮かぶ。
雄太のダービージョッキーになりたいという夢を叶えてくれたインポータントデイが、後少しでジャパンカップを制覇出来ると思うと胸がいっぱいになって来るのだ。
「雄太くんっ! デイっ! 頑張ってっ!」
春香は祈りを込めて声を上げた。
ゴール板が近づいて来る。背後から凱旋門賞覇者の馬が追って来る。
ついにインポータントデイは先頭に立った。背後から迫りくる馬の気配を雄太は感じていた。
競馬場を包み込む大歓声を力にインポータントデイは一着でゴール板を駆け抜けた。
雄太は右手でインポータントデイの首筋をポンポンと叩いた後、ギュッと拳を握り締めた。
ゆっくりゆっくりスピードを落としながら、雄太はもう一度インポータントデイの首筋をポンポンと叩いた。
「ありがとうな、デイ。やっぱり、お前は凄い馬だよ」
雄太にダービージョッキーの称号をくれたインポータントデイは、初ジャパンカップ制覇というプレゼントをくれた。
「雄太、やったな」
「ソル。サンキュ」
二人は鞭をトンと合わせて健闘を称え合った。
「これで雄太もジャパンカップ勝った事になるんだよな」
「ん? まぁな」
「雄太はまだだろから、雄太より先に獲ったぞになっちゃったな」
子供の頃からの親友はニッと笑っている。
「ははは。俺のほうが後だから、一生かかっても抜かせない事なんだし精一杯自慢して良いぞ」
「おう」
純也がジャパンカップを獲った時、心行くまで近江牛のステーキやすき焼きを食べたいと言った事を思い出す。
(あの時、ソルが羨ましかった……。でも、これで肩を並べられたんだよな)
ゆっくりとスタンド側に戻りながら雄太は純也の横顔を見ていた。
祝勝会をする時や毎年恒例の年末の宴会では、きっと今日の話をするんだろうなと思いながら、大歓声に揺れる観客席に向かって雄太は手を挙げた。
(良かった……。良かったね、雄太くん。頑張ったね、デイ……)
春香は誇らしげに勝利騎手インタビューを受けている雄太を見て目元を拭った。
雄太はインタビューの終わりに胸元に手を当てた。
革のネックレスに通した結婚指輪を勝負服越しに触れるのは、雄太からの『春香、ありがとう』の合図になっている。
(雄太くん。気をつけて帰って来てね)
春香は雄太の帰りをウキウキしながら、夕飯の準備を始めた。




