1058話
10月31日(日曜日)
東京競馬場 11R 第120回天皇賞(秋) G1 15:35発走 芝2000m
高らかに響き渡るファンファーレに、東京競馬場に詰めかけた14万人を超える観客が歓声を上げる。
ゲートの手前で晴れ渡った空を見上げて雄太は深呼吸をした。インポータントデイは前走が七着だったからか四番人気だった。
「デイ。頑張ろうな」
調子は絶好調とは言えない。だが、インポータントデイの闘志は消えていないのが雄太に伝わって来た。
(俺に出来る最善を尽くす。それが、俺の仕事だ)
ゲートに入るのを嫌がる馬がいてゲートインは手間取っていたが、インポータントデイは影響される事なく落ち着いていた。
ようやく全ての馬がゲートに入って、天皇賞秋のスタートが切られた。
(雄太くん……。デイ……。頑張ってね)
春香はテレビの画面を真剣な顔で見詰めていた。
悠助達は自分のポンポンをフリフリしながら応援している。
「パパァ〜。デイぃ〜。がんばれぇ〜!」
「パパァ〜、パパァ〜」
「パー、デイ〜。ガンバレ、ガンバレ」
凱央は手にしたポンポンをギュッと握ってテレビの画面を凝視していた。
(凱央は、もう騎手の目をしてるんだね。夢叶える為に)
春香は応援する姿でさえ大人に近づいている凱央を見詰めててからテレビに視線を戻した。
インポータントデイは後方集団の前目に位置取っていた。煽られる事もなく軽快に駆けていて、そのまま3コーナーを回った。
そして、4コーナー手前で雄太の胸はドクンと大きく鳴り、昨年の天皇賞秋が胸に過った。
メイゲイルと走っていたのは先頭だったから、今と位置は違うのにだ。
(駄目だっ! 集中しろっ! 去年と違うんだっ!)
手綱を握っていた手に力が入ってしまう。それは駄目な事だと思った時だった。
『ゆうたっ! いけっ!』
頭の中に響いたのは、男の声だった。
(ゲ……イル……?)
それは初めての感覚だった。
馬が人の言葉を話す訳もないのだが、メイゲイルの声だと思ってしまった。
『おれがみられなかった……あのゴールばんのむこうのけしきをみせてくれ。おれはゆうたと、あのゴールをこえたいんだ』
(ゲイル……。お前と駆け抜けたかったゴール板を先頭で……一着で越えてやるからなっ!)
雄太は頭の中がスゥーと冴え渡る気がした。そして、前を走る馬の動きがいつも以上に分かる気がした。
(いくぞ、デイ。俺はお前の力を信じるっ!)
雄太はロスがある大外にインポータントデイを導き、前に他馬がいないところに進路をとった。
決して絶好調とは言えないインポータントデイがグングンと加速をはじめた。一頭また一頭と追い抜いていく。
スタンドからは大歓声が沸き上がる。
「雄太くんっ! デイっ! 頑張ってっ! 前に……前に行ってっ!」
(パパは……馬を……デイの力を信じてるからそのコースを選べるんだ……)
馬群の中では前が詰まってしまったら出られなければ一着の可能性は低くなる。
一か八かの賭けにも思えるが、雄太が追うとインポータントデイは更に加速して行った。
ゴール板の少し手前でインポータントデイは最期の一頭をかわし、一着でゴール板を駆け抜けた。雄太は拳を握り締めて、何度となくガッツポーズをした。
前走の悔しさを吹き飛ばすような走りを見せたインポータントデイを祝福するように点った『レコード』の赤い文字に観客席は再び沸き立った。
「お疲れ、デイ。良い走りだったぞ。ありがとうな」
ポンポンとインポータントデイの首筋を叩いてやる。
ゆっくりとスピードを落とすインポータントデイの隣に、黄緑色のメンコとお揃いのボンボンをつけたメイゲイルがいるような気がした。
(ありがとう……。ありがとうな、ゲイル……)
『これからもがんばれよ、ゆうた。おれのぶんも……な』
(ああ、頑張るさ。まだまだ獲りたいレースがあるからな)
黄緑色のメンコとボンボンをつけたメイゲイルが夕焼けに染まりつつある空に駆け上がっていくのが見えた気がした雄太だった。




