1056話
10月に入り、雄太は10月17日のG2京都新聞杯で優勝をした。
(ん〜。重賞を勝つのってやっぱり気分良いなぁ〜)
春香の部屋で目を覚ました雄太はググッと体を伸ばして、春香のベッドで大の字になって寝ている美理愛と上下逆さまになっている俊洋を見て小さく笑った。
朝食を食べてから俊洋の幼稚園へ美理愛と一緒に送っていき、のんびりと休みを過ごしていた。
「パー。オウマタン、ハシルノ」
「お馬さん……走る……? あ、レースが見たいのか?」
「ン。パー、ミルノ」
俊洋が幼稚園に行くようになってから、昼間春香と二人で過ごす事が多くなった美理愛は、雄太がいるとベッタリとくっついている。
遊んだりもするが、北海道でポニーに乗ってからは雄太のレース映像を見たいと言う事が増えた。
「よし。じゃあ、デイと勝ったダービーの見るぞ〜」
「デイ、ガンバレスル〜」
雄太が美理愛と遊んだりしてくれていると、家事が捗るからと春香も助かっている。
美理愛は引き出しから自分のトマトレッドのポンポンを取り出し、何度も見たダービーの映像を見ながらフリフリしていた。
子供達が寝静まった頃、雄太はリビングのソファーに座り、月末に出る事になる天皇賞秋の推定される馬の映像をいくつか見ていた。
数日前に根岸からインポータントデイが天皇賞秋へ出る事と騎乗依頼を受けたからだ。
(天皇賞秋……)
騎乗依頼を快諾はしたものの、雄太の脳裏には昨年の天皇賞秋での出来事が脳裏にあった。
(なんかあっという間だったな……。一年かぁ……。ゲイルと一着獲りたかったな……)
あの日、メイゲイルが骨折をしなかったら一着でゴール板を駆け抜けていただろうと、マスコミだけでなく、雄太も江川も思っていた。
北海道へ行きメイゲイルの墓碑に手を合わせ、これからも頑張ると誓ったが、やはり『天皇賞秋』と聞くと胸がキリリと痛んだ。
(たらればを言っても仕方ないって事は嫌って程分かってるんだけどな)
思えば思う程に脳裏にちらついてしまうのは人間誰もが悩む事かも知れない。
「雄太くん」
「え? あ、何?」
「コーヒー、淹れなおそうか?」
春香に言われて自分が手にしていたカップが温かみをなくし、一口ぐらいしか飲んでいなかったコーヒーがすっかり冷めてしまっている事に気がついた。
(あ……)
コーヒーは冷めきっていて、見直していたDVDは終わっていた。
いつもなら地下のコレクションルームで見るのだが、何となく春香の気配がするリビングでレースの見直しをしていた事すら頭から抜け落ちてしまっていた。
(どこまで見直してたっけ……。分かんないや。明日、もう一回最初から見直そう……)
雄太は冷めてしまったコーヒーカップをテーブルの上に置いて、春香になんて言えば良いかと考えた。
レースの見直しに集中してしまった事は何度もあるが、見ていたDVDが終わっていた事に気づいていなかったのだから『何を言っても下手な言い訳になるよな』と思っていると、春香が雄太の頭をそっと抱き締めた。
「雄太くん、ゲイルの事を考えてたでしょ?」
「え……」
「そんな顔してた」
抱き締める春香の規則正しい心臓の音が聞こえる。
トクン……トクン……
(なんだっけ……。赤ん坊に心臓の音や血流の音を聞かせると落ち着くって奴……。あれって、大人にでも効果あるのかな……)
雄太はデイが天皇賞に出られるからって聞いてから、気がつけば考え込んでしまっている事を春香は気づいていたのだろう。
「雄太くん」
「ん?」
「大丈夫だよ」
「え?」
春香は優しく優しく雄太の髪を撫でた。
「雄太くんなら大丈夫。私は信じてるから。それにゲイルが応援してくれてるよ」
「春香……」
北海道でメイゲイルの墓碑に手を合わせてケリはつけたつもりだった。
(やっぱり俺、春香が傍にいてくれないと駄目だな)
春香に『大丈夫』と言われただけで、なんとかなりそうな気がしてしまうのだ。
「ありがとう、春香。デイにも頑張れって言ってやってくれよな?」
「うん」
既に根岸の許可は得てある。そう言う事には抜かりがない雄太だった。




