番外編 凱央とゾルテアレックス
カッ、カッ、カッ
蹄の音かして、凱央は顔を上げた。
「アル」
そこに立っていたのは、真っ白な鬣と尻尾が風に揺れている真っ白な馬体のゾルテアレックスだった。
「アル。いつ北海道から帰って来たの? あれ? アルは北海道のぼくじょうにいるんだよね?」
種牡馬になった馬がいるはずがない事は理解しているが、目の前にはつい最近会ったばかりのゾルテアレックスだ。
凱央が見上げるとゾルテアレックスの背中には鞍や鐙がついている。
(あれ? 何でアルにクラやアブミがついてるんだろ?)
トレセンでも鞍や鐙をつけているゾルテアレックスに会った事がない凱央は目を輝かせた。
何気なく凱央が周りを見渡すと、そこがトレセンだと気がついた。
(あれ……? ぼく、いつの間に……? もしかして……ゆめ?)
そうは思うのだが目の前にいるゾルテアレックスの体に触れると温かい。
そして、凱央は自分の服を見た。そして、手を頭にやるとヘルメットもかぶっていた。
(ちゃんと乗馬服きてるし、ヘルメットもかぶってる……。なら……)
凱央はゾルテアレックスを見上げた。
「ねぇ、アル。ぼく、アルに乗っても良い? てか、乗りたいんだけど」
『いいよ。ときおにのってもらえるとかうれしい』
「アルがトレセンにいる時に乗らせてもらう事が出来なかったもんね」
種牡馬であっても背中に乗る事は許されていない。
引退して乗馬用になった馬なら乗馬教室や観光客相手の施設やイベントなら可能だが、ゾルテアレックスは種牡馬なのだ。
まだまだ背が低い凱央を乗せるべく、ゾルテアレックスは脚を折り姿勢を低くした。
凱央は、前にも同じような事があったなと思いながら、手綱を握りゾルテアレックスの背中に跨って鐙に足を乗せた。
『たちあがるよ?』
「うん」
ゾルテアレックスがゆっくりと立ち上がると、一気に視線が高くなる。
「うわぁ……。これがパパがアルの背中から見えてた高さなんだ」
『こわくない?』
「だいじょうぶ。でも、ゆだんしちゃダメなんだよね」
『そうだよ。ほかのうまにせっしょくしたり、うまがつまずいたりしたらあぶないからね』
ゾルテアレックスはゆっくりと歩き出して、調教用のトラックへと向かった。
『ここでときおのぱぱ……ゆうたといっしょにいっぱいはしるれんしゅうしたんだよ』
「うん。ぼくは見た事はないけどね」
『それじゃ、ゆうたがみてたけしきをみせてやるからな。しっかりたづなにぎってろよ』
「ちょっまってね……。うん、これぐらいだね」
凱央が手綱を調整して握ると、ゾルテアレックスは馬場を駆け出した。
本気で走ってる訳ではないが、風がビュンビュンと耳元を通り過ぎる。
「うわぁ〜。速い、速い〜」
『ときお、もうすこしたづなをゆるめて』
「こう?」
少し手綱を緩めると、ゾルテアレックスはグンッとスピードを上げた。
『ゆうたはすこしよゆうをもたせてもってたんだよ』
「そっかぁ〜」
ゾルテアレックスはグルリと馬場を駆けていく。
初めて走るトレセンに凱央はワクワクが止まらなくなっていた。
「ぼくがパパのようにきしゅになれたら、ここで走るんだよね。こんな感じなんだなぁ〜」
『そのころに、ぼくのこどもにのってくれたらうれしいっておもうよ』
「うん。アルの子どもに乗って勝てたらうれしいよ」
グルリと一周するとゾルテアレックスはゆっくりとスピードを落とした。
『どうだった? ときお』
「うん。すっごい楽しかったよ」
『こわくなかった?』
「ぜんぜん。本当のレースだとこんなじゃないよね?」
『そりゃね。コーナーのかくどもちがうし、こうていさもあるからね』
凱央は雄太の真似をして、ゾルテアレックスの首筋をポンポンと叩いてみた。
「ありがとう、アル。小さいころからずっとずっとやさしくしてくれて、ぼくうれしかったよ」
『うん。ぼくもありがとう』
そこで目が覚めた凱央は壁に飾ってあるゾルテアレックスとの写真を見た。
(アル、ありがとう。ぼくをおうえんしててね)
凱央はいつか必ずゾルテアレックス産駒で勝つぞと決意を固めていた。




