1048話
春香は大きく深呼吸をして動揺を押さえてから、膝をついて美理愛に保護ベストを着せてヘルメットをかぶせた。
「美理愛。パパとのお約束はちゃんと覚えてる?」
「ウン。オオキナコエハ、ダシチャダメ。オウマタンニハ、ヤサシクヤサシク」
春香は頷いてから美理愛の小さな両手を握る。
「じゃあ、ママともお約束。お馬さんの背中に乗ったら大人しくする事。特に足はバタバタしちゃ駄目よ? 分かった?」
「ウン。マート、オヤクソクスル」
どこまでしっかり守れるかは分からないが、美理愛は今まで厩舎や馬房での約束を守れていた。
何より子供達がやりたいと言った事はとりあえずやらせてみるのが雄太と春香の教育方針だ。
(もしかすると落ちるかも知れないけど、それでもやりたいと言う美理愛の意思は尊重しよう。それにあの小さなポニーなら落ちてもそんなに酷い怪我をする訳はない……。大丈夫……。過干渉や心配のし過ぎは良くない……)
春香は立ち上がり、美理愛を抱き上げてポニーの背中に跨がらせた。
小さなポニーの背中に乗った美理愛はクラブ長を見上げる。
「みりあちゃん。このハンドルをしっかり握るんだよ。出来るかな?」
「ハイ」
手綱ではなく鞍についているハンドルを美理愛はしっかりと握った。
春香はドキドキとする胸を押さえてポニーから距離を取った。
それを合図にゆっくりとクラブ長が手綱を手に歩き出す。
カポ……カポ……
蹄の音を響かせてポニーが歩いているのを見て、乗馬を終えた凱央と悠助と俊洋が目を真ん丸にして立ち尽くした。
雄太は唖然とした顔で美理愛を見詰めている。
(美理愛が……? ポニーに……? え? え?)
春香は雄太達に気づいて、サッとビデオカメラを取りに行きサッとしゃがむと、美理愛の初乗馬姿を納め始めた。
(これはお父さん達にも、お義父さんとお義母さんにも見せてあげなきゃ)
目をキラキラと輝かせポニーの背中に跨った美理愛の姿を家族全員で見守っていた。
何周か歩いて小さなポニーはクラブ長の合図でピタリと止まった。
雄太がポニーに近づいて美理愛を抱き上げると、満面の笑みで雄太にしがみついた。
「パー。オウマタン、カワイイネ」
「楽しかったか?」
「ウン。タノシカッタ」
「そっか。じゃあ、お馬さんにありがとうしような?」
雄太が美理愛を地面に降ろすと、美理愛はポニーに近寄り小さな手で馬体を撫でる。
「オウマタン、アリガト」
「みりあちゃん、上手に乗れたね」
「タノシカッタノ。アリガト」
クラブ長にペコリと頭を下げた美理愛は一気に成長した気がした雄太だ。
「なぁ、春香」
「ん? なぁに?」
久し振りの乗馬で疲れたのかぐっすりと寝入っている凱央達と初めての乗馬で疲れきった美理愛を起こさないように、雄太と春香は小さな声で話す。
「美理愛、何でポニーに乗る事になったんだ?」
「あはは。あのね」
春香は美理愛がポニーに乗る事になった経緯を話した。
「成る程な」
「私もビックリしちゃったよ。馬を撫でたりするのはあったけど、まさか『乗りたい』って言うなんて思わなかったもん」
美理愛がポニーに乗りたいと言う事を雄太も想像していなかった。だから、ポニーに乗っている美理愛を見て体が固まり動けなくなったのだ。
「まさか美理愛がなぁ……」
「うん。まさかだよね。でも、凱央のように『騎手になりたい』とは言わない気がするんだよね」
「俺もだな。美理愛はお兄ちゃん達の真似したいって……。ん?」
雄太は途中で言葉を切った。春香がどうしたのかと顔を覗き込んだ。
「なぁ、悠助は凱央の真似をしたがってたよな? 俊洋は凱央と悠助の真似をしたがってたよな? だとしたら、美理愛には真似をしたいお兄ちゃんが三人いるって事で……」
「それでいくと……。美理愛もいずれ『騎手になりたい』とか思っちゃうかもって事?」
はっきりと言葉にしてしまうと雄太も春香もドキドキと鼓動が早くなる。
子供達がやりたい事を無下に反対はしないと思っていた二人だが、さすがに『女性騎手』はと思ってしまったのだった。




