1047話
翌日の水曜日。
昼食を終えた凱央と悠助と俊洋は、いつも乗馬教室にいく格好に着替えていた。
「ニイタン、オウマタンノルノ?」
「そうだよ」
キョトンとした顔で訊ねる美理愛の前に膝をついた凱央は、可愛い妹の頭を撫でた。
雄太が泊まっているホテルから行ける乗馬教室に子供でも乗れるポニーがいるか、北海道に来る前に問い合わせをしてくれていたのだ。
「騎手になったら色んな馬に乗る事になるのは分かるな? いつも乗ってるポニーと違ってもちゃんと乗れるかの練習だ」
昨夜、雄太は凱央と悠助、俊洋に話して聞かせた。
凱央達は一瞬目を丸くしたが、北海道に来てからも乗馬が出来る事に目を輝かせた。
「ありがとう、パパ。ぼく、うれしい」
「ぼくも、がんばるね」
「モモチャンミタイナコカナァ〜」
子供達を驚かせたいと全員分の乗馬ウェアなどを梱包して先に送っていた春香は、嬉しそうに笑う凱央達の姿を優しく見詰めていた。
「よし。行くか」
トレーニングウェアに着替えた雄太が言うと凱央達は嬉しそうに笑った。
「パー。オウマタン、ナデナデデキル?」
「ああ。美理愛が触ったり出来るお馬さんもいるぞ」
「ウンっ!」
ポニーに会えると聞いて、美理愛も嬉しそうだ。
「悠助、もう少し手綱を緩めるんだ」
雄太の声に悠助は手綱を緩める。凱央にいたっては、一人でいつも乗っているポニーのケイタより大きなポニーに乗っていた。
俊洋は指導員の男性に付き添ってもらいながら、基礎の復習をやっている。
「マー。ニイタン、ガンバッテル」
「そうだね。お兄ちゃん達、どんどん上手に乗れるようになったね」
美理愛は柵に縋り付くようにして凱央達を見ている。
春香も何枚も写真を撮ったり、騎乗姿勢などの見返しの為に固定しているビデオカメラのチェックをしたりしていた。
「マー」
「なぁに?」
「ワタチ、オウマタンノレル?」
「え?」
美理愛は春香を見上げながら言う。
(え? え? 今、美理愛『馬に乗れるか』って訊いた……よね? 聞き間違い……?)
美理愛は凱央達に比べて馬に興味を持つのが遅かった。眺めたりはしているものの、撫でたいとアピールしたりする事が遅く、雄太も春香も美理愛は乗馬をしたいと言わないと思い込んでいたので驚いた。
「えっと……美理愛はポニーに乗りたいの?」
「ウン。ノリタイ」
どうしようかと春香が悩んでいると、クラブ長が声をかけて来た。
「あの、聞き間違いだったらすみませんが……」
「え? あ、はい。何でしょう?」
「お嬢さんがポニーに乗りたいって聞こえたんですけど」
「あ……はい。お兄ちゃん達を見てて羨ましく思ったみたいで」
春香が苦笑いを浮かべながら答えると、美理愛はパヤッと笑った。
「アノネ、ワタチオウマタンスキ〜。カワイイノ〜」
「そうか、そうか。お嬢ちゃん、良い子に待ってられるかい?」
クラブ長に言われた美理愛は右手を挙げた。
「ワタチ、イイコデキル」
「美理愛……」
焦る春香をよそに、美理愛は生き生きと答えている。
『ハハハ』と豪快に笑いながらクラブ長は事務所のほうへ向かっていった。
そして、しばらくすると春香達のほうに戻ってきた。手には、小さなオレンジ色のベストとピンクのヘルメットがあった。
「お嬢ちゃん、これをママに着せてもらいな」
「ワタチ、ミリア」
「ん? ああ、みりあちゃんか。じゃあ、みりあちゃん。これを着て、ヘルメットかぶるんだよ? 良いね?」
「ウンっ!」
手に押し付けられた保護ベストとヘルメットを持って、春香は更に焦った。
凱央達に乗馬をさせてもらう予約はしていたが、美理愛をポニーに乗せてもらう予約はしていないからだ。
「あの……あの……」
「うちには観光客の小さな子供を乗せて歩く本当に体高の低いポニーがいるんだ。子供を乗せ慣れてるし、大丈夫ですよ」
焦る春香に落ち着かせるようにクラブ長は話している。
そんな焦った春香の目の端に映ったのはモモちゃんより小さな小さなポニーだった。
そのポニーを見て美理愛が顔を輝かせてしまったから、春香は腹を括らなければならないと思った。




