1044話
運転を春香から変わった雄太は助手席に座った春香をチラリと見た。
目を赤くしてはいるが、にこやかで久し振りにカームマリンと会えて嬉しかったのが表情から見て取れた。
「雄太くん、ありがとう」
「ああ」
短い会話であったが、お互いを思い遣っているのが伝わった。
「さぁ、お昼ご飯を食べて次に行くぞぉ〜」
「は〜い、パパァ〜」
「うん、パパ」
「オナカヘッタァ〜」
「ゴハンタベル〜」
雄太の言葉に子供達はキャッキャとはしゃぐ。
雄太と春香は顔を見合わせて頷いた後、雄太は車を西へと走らせた。子供達はカームマリンの話で盛り上がっている。
途中、食事を堪能してから雄太はまたしばらく西へ走らせてから、北のほうへ車を向かわせた。
(あれ? アルがいる牧場に行くなら、ここで北に向かうのは変なんだけど……)
春香はチラッと運転をしている雄太を見た。雄太はご機嫌で前を向いている。
しばらく北上していた雄太は右手にある建物横の駐車場に車を停めた。
「ここは? 初めて来たよね?」
「ああ。俺も初めてだ」
「え?」
雄太はシートベルトを外して車を降りた。そして、子供達を車から降ろしている。
春香も美理愛を抱き上げて、周りを見回した。
(馬の匂いがする。雄太くんが関わった馬がいるのかな?)
建物に向かって歩く雄太の後ろをついて歩いていると男性が出迎えてくれた。
「いらっしゃい、鷹羽かさん」
「こんにちは、場長さん。今日はよろしくお願いします。妻と子供達です」
紹介をされた春香と子供達はペコリと頭を下げた。
「こんにちは、初めまして。鷹羽の妻の春香です」
「初めまして、ときおです」
「ぼくはゆうすけです」
「ボクハ、トシヒロ」
「ワタチ、ミリア」
場長はニッコリと笑って何度も頷いた。
「じゃあ、さっそく馬房へご案内しますよ」
場長は雄太達を連れて歩き出した。しばらく歩くと馬房の並ぶ建物があり、その中の一つの建物へと近づいて行った。
雄太はその馬房の一つに声をかけた。
「よう、元気そうだな」
雄太の声を聞いて、ゆっくりと顔を出してきたのは白い馬だった。
雄太は首を伸ばしてきた白い馬の鼻筋を撫でる。
「パパ。きれいな馬だね」
「この馬はアルと一緒で芦毛だったんだ。今は、こんなに白くなったんだぞ」
雄太が凱央に説明をしているのを聞いていた春香がハッとした。
「もしかして……ハーティ……? あなた、ハーティなの……?」
春香が声をかけると耳をピョコンとさせてからジッと見詰め、ゆるやかに尻尾を振った。
春香はゆっくりと馬房に近づいてそっと手を伸ばした。ハーティは首を伸ばして春香の手に鼻面で触れる。
「ハーティ……、会えて良かった」
ハーティグロウのファンからの嫌がらせなどがあった時は、春香はピリピリとしていてかなりのストレスがあった。
ハーティグロウ自身も人から与えられたストレスや慣れない環境、その上勝てない事での気持ちの持ち様に疲れきっていた。
「こっちに来た頃のハーティは、まだカリカリする事もありましたが、種付けシーズンが終わると今日の様に穏やかに過ごしてるんですよ」
「そうですか。ハーティが心穏やかに暮らせているなら、それが一番です」
春香が本当に安心したように微笑んだのを見た雄太は、連れて来てやって本当に良かったと思った。
(散々、神経を擦り減らすような事があったもんな。でも、春香はいつも『ハーティは悪くない』と言い続けていたから、ゆっくり会わせてやれて良かった……)
真っ白になったハーティグロウを愛おしそうに撫でる春香。ハーティグロウが現役で栗東にいた時に会えなかった分も撫でてやっているかのようだ。
「え? あ、あははは」
子供達が服の裾をツンツンと引っ張っているのに気づいた雄太は、順番に抱っこをしてハーティグロウと対面させた。
子供と触れ合う事に慣れていないかもと思い撫でさせはしなかったが、ハーティグロウは耳を絞る事もなく、子供達との対面を終えた。
(ハーティ、また来るからな。元気でいろよ)
胸に残っていた最後の棘が抜け落ちたような気持ちで雄太は牧場を後にした。




