1043話
8月9日(月曜日)
「よぉ〜し、行くぞぉ〜」
子供達は両手を挙げて歓声を上げた。
「わ〜い。しゅっぱぁ〜つ!」
「ドキドキするね」
「オウマサンニ、アエル〜」
「オウマタン、オウマタン〜」
雄太は助手席に座り、二列目に凱央と美理愛で三列目には悠助と俊洋が座り、春香の運転でカームマリンのいる牧場へと向かった。
「う〜み〜は広いな、大きいなぁ〜」
凱央が歌い出すと、悠助や俊洋も一緒になって歌っている。
「ウミィ〜、キラキラ〜、ウミィ〜」
美理愛は途中から勝手に作詞作曲をして歌って、車内は笑顔と笑い声に包まれていた。
「初めて雄太くんが海に連れて行ってくれた時を思い出しちゃった」
「あの時の春香のはしゃぎっぷりは俺も覚えてる。喜んでくれて良かったなってさ」
「うん」
東へ東へと車を走らせていると、カームマリンのいる牧場へと近づいてくる。
(カーム……、元気にしてるかな。早く会いたい……)
雄太はワクワクしている春香の横顔を見詰めて、北海道に来て良かったなと思っていた。
春香が車を停めて、二人で子供達のシートベルトを外してやり、出迎えてくれた場長に挨拶をする。
「場長さん。ご無沙汰しております」
「お変わりなくて幸いです」
日焼けをした柔らかな笑顔で場長は雄太達を見てから、前に並んだ凱央達を見た。
「いらっしゃい。お待ちしてましたよ。お子さん達、大きくなられましたね」
「こんにちは。おじゃまします」
「こんにちは〜」
「コンニチワ」
「コンニチワ〜」
ペコリと頭を下げて挨拶をする子供達に場長の目尻は下がりっぱなしだ。
「カームは今放牧地にいますよ」
「はい。カーム元気にしてるんですね」
「ええ。種付けも終わって、飼い葉もしっかり食べてますよ」
雄太と場長は目にも鮮やかな草原が広がる放牧地を見ながら話していた。
春香は広い放牧地の向こうの端に見える馬を見つけて立ち止まった。
「カーム……」
春香の呟きに呼応して、ゆっくりと草を食んでいたカームマリンは、グッと顔を上げて耳をピンッと立てると一目散に駆けて来た。
牧柵を壊さんばかりの迫力で近寄って来たカームマリンに雄太も場長も『相変わらずだな』と苦笑いを浮かべた。
「カーム、カーム。久し振り。元気だね。会えて良かった」
カームマリンは牧柵の上から顔を覗かせていたが、春香の手が届かないのに気づき、柵の隙間から鼻面を突き出した。
春香が笑顔でカームマリンの鼻面をフニフニしたり撫でているのを見ていた凱央が雄太を見上げた。
「パパ。カームはやっぱりママが大好きなんだね」
「ああ。パパなんて目に映ってないみたいだろ?」
「うん。ママもカームもうれしそうで良かったね」
「ああ」
爽やかな風が草原を吹き渡り、カームマリンの尻尾を揺らしている。
(本当に幸せそうな顔しやがって)
鼻面や鼻筋までくまなく撫でられウットリとしているように見えたカームマリンはチラリと雄太のほうに視線を投げた。
そして、直ぐに春香へと視線を戻した。
(おまっ! カームっ! 今のは『あ? お前いたのか?』って奴じゃないだろうなっ⁉)
雄太の頬がヒクヒクと引きつる。
「パパァ〜。カームなでたい〜」
「パパ、マダ?」
「パー。オウマタンナデタイ〜」
子供達の催促に雄太は順番に撫でさせようと、一番に美理愛を抱き上げてカームの傍に行った。
「カーム、この子は美理愛だよ。美理愛、カームだよ。ママの大切な大切なお友達なの」
「マー、ナカヨシ?」
「そうだよ。優しく優しくナデナデしてあげてね」
カームマリンは春香に似た小さな女の子の小さな手に撫でられ、雄太には嬉しそうに見えた。
凱央、悠助、俊洋にも存分に撫でられて、カームマリンは更に嬉しそうだ。
「カーム、また会いに来るからね。元気でいてね」
春香が帰る事が分かったカームマリンは一生懸命に鼻面を春香の手に押し付けていた。
そして、名残惜しそうに小さく『ヒン』と鳴いた。
「大好きだよ、カーム。またね」
何度も何度も振り返り手を振る春香をカームマリンは牧柵のギリギリに立ち見送っていた。




