1041話
8月7日(土曜日)
晴れた札幌競馬場に春香と子供達はいた。
「美理愛。お兄ちゃんと手を繋いでるのよ? 一人でどこか行っちゃ駄目だからね?」
「ウン。ダイジョーブ」
悠助と俊洋が美理愛の両脇に立ち手を繋ぎ、凱央は春香と一緒に後ろから見守ってくれている。
「ママ。みりあが走って行ってもぼくがおいかけるから、そんなに心配しなくて良いよ?」
「うん。ママも気がついたら追いかけるから」
最近、背が伸びた所為で視線が近くなった凱央が更に頼もしく見えるなと春香は思った。
「マー。オウマサンミエナイ〜」
「ママが抱っこしてあげるからおいで」
「ウン」
生け垣や柵で見えないと言う美理愛を抱き上げてやると、返し馬をしている馬が見えて美理愛は嬉しそうに体を揺すった。
「あ、ほら。純也お兄ちゃんと真希お兄ちゃんだよ」
「ガンバレェ〜」
美理愛が声援を送ると、周りから『可愛い〜』と声が聞こえる。
(凱央が初めてここに来た時もこんな感じだったなぁ〜)
凱央達は純也と梅野に向かって両手を振って声援を送っている。
「じゅんや兄ちゃん、まさき兄ちゃん。がんばれぇ〜」
「じゅんやにいちゃん〜、まさきにいちゃん〜」
「ジュンヤニ〜チャン、マサキニ〜チャン〜」
騎手は観客に反応してはいけないのでこちらを見る事も表情を変える事もないが、まだ人が少ない1Rだからきっと声援は聞こえてはいるだろう。
残念ながら1Rは二人共勝てなかった。
「ママ。パパはまだ?」
「パパは4Rだよ。次の2Rは純也お兄ちゃんと真希お兄ちゃんと健人お兄ちゃんが出るから応援しようね」
『健人』と聞いて美理愛のテンションが上がる。
「ケントニイタン〜、ケントニイタン〜」
「美理愛、健人くんの応援しようね」
「ウン。オウエンスル〜」
返し馬で本馬場入場した健人を教えてやると、美理愛は一生懸命に健人の応援をしていたが、一着になったのは梅野で健人は二着だった。
ウィナーズサークルに現れた梅野に凱央達は大喜びしていて梅野も手を振ってくれた。だが、健人が二着で近くに来てくれないからと拗ねた美理愛にプイッとそっぽを向かれ、『ガーン』とショックを受けた顔をして春香は苦笑いを浮かべていた。
騎手控室で梅野にジト目で見られた健人はヒクヒクと頬を引きつらせていた。
「俺より健人とか純也とかが良いとかショックだぁ……」
「そりゃ、美理愛にしたら梅野さんは自分の父親より年上ですからね」
「健人ぉ〜。お前という奴はぁ〜っ!」
ついポロリと本音を漏らした健人は『ウヒャー』と声を上げ、4Rに出る為に控室に顔を出した雄太の背中に隠れた。
「え? え? 何だ?」
目を白黒させる雄太がおかしくて、先輩も後輩も必死で笑いを堪えていた。
健人に負けるものかと思ったのか、次の3Rでも一着になった梅野は、またもや美理愛に膨れっ面を見せられウルウルとしていていた。
「パパっ! 後少しっ!
「がんばれぇ〜、パパぁ〜!」
「パパぁ〜!」
「パーっ! パーっ!」
3R、春香と子供達の大声援を受けて雄太は一着でゴール板を駆け抜けた。
「パー、パー。オメデト〜」
ウィナーズサークルで愛娘の祝福を受けて、パパの顔をした雄太には、観客からも拍手が湧いた。
「美味しい?」
「ウン。オイシイ」
子供達は思い思いに食べたい物を食べている。
(いつ来ても北海道の方々は優しいな)
空いたテーブルを二つくっつけてくれた人。椅子を五つ持って来てくれた人。食べ物が乗ったトレーを運んでくれた人。
「ありがとうございます。助かります」
「良いって、良いって」
「小さい子供連れてちゃ大変だろうしな」
誰もがにこやかに笑ってくれている事に子供達も嬉しそうだ。
「パパが勝って良かったな」
「北海道、楽しんでくれよ」
手を振って去っていく人達に春香は深々と頭を下げた。
雄太は二勝、純也は三勝、梅野は二勝で土曜日のレースは終わった。健人は最高が二着で残念だったが、全員が無事にレースを終えられて春香はホッとして大満足をしている子供達とホテルに戻った。




