1022話
ホテルランチを終えた二人は車で移動した。
運転する雄太の腕には、先程春香からの誕生日プレゼントの腕時計が光っていた。
『これからも雄太くんと同じ時を刻めますように』
そう言った春香を思わず抱き締めそうになり、さすがにホテルのレストランではマズいと雄太は押しとどまった。
どんどん南下し、雄太が車を停めたのはプロポーズをした場所だ。
「今更だけどさ。俺、よくこんな人通りの多い所でプロポーズしたよな」
「あはは。あの時よりずっと時間が早くて明るいからそう思うんじゃない?」
「そうだな。あの時はレース終わりだったし、11月だったもんな」
菊花賞を獲り、浮足立ってプロポーズをした未成年の自分を思い出すと恥ずかしくなり、雄太は右手の人差し指でポリポリと頬を掻いた。
「凄く前のような気もするし、ついこの前のような気がするね」
「ああ」
良い時も悪い時もいつも傍にいてくれた春香を見詰める。
(いつも傍にいてくれるのが当たり前なんて思っちゃ駄目なんだよな。ありがとうの気持ちを忘れちゃ駄目だ)
プロポーズをした時と真逆で、風の中に温かさがあるなと思いながら春香の肩を抱いた。
「雄太くん?」
「さすがにこんな人が多い時にキスは出来ないなって思ってさ」
「うん」
春香はニッコリと笑って雄太の胸に頭をコツンと寄せた。
「あれって鷹羽騎手じゃないか?」
「休日の鷹羽騎手に会えるとかレアだよね」
気づけば、少し離れた場所に立ち止まっている人達の囁きが聞こえて来た。
「うはぁ……。あの時はソルや梅野さんや先輩達に囃し立てられたけど、今回もガヤつかれるんだな」
春香に顔を寄せて拗ねたように言うと春香は口元に手を当ててクスクスと笑った。
「雄太くんは有名人だからね。仕方ないって」
「路上でイチャついてんじゃねぇって言われる前に退散しよう」
「そうだね。お土産買って帰ろうね」
「ああ」
共に三十代ともなると、路上でイチャイチャしている事に恥ずかしさを覚える二人は愛想笑いを浮かべてその場を後にした。
「ただいま。良い子にしてたか?」
「ただいま。お土産買ってきたよ」
帰宅した雄太と春香に子供達が駆け寄ってくる。
「パパ、ママ。お帰りなさい」
「オカエリ〜」
「パッパ、マッマ。イイコニシテタヨ〜」
「パー、マー」
二人の大切な大切な宝物の笑顔が嬉しく思う。
春香と出会い、想いを伝え、手を取り合って来た事が四人の子供達だと思うと感慨深いなと雄太の胸は熱くなる。
「お帰りなさい。ゆっくり出来た?」
「子供達をありがとう、母さん」
「ありがとうございました」
「ふふふ。楽しかったわよ」
凱央はもう小学生だから、色々と理保の手伝いもしてくれただろう。
孫と過ごす時間は祖母冥利に尽きると理保は笑う。
凱央と悠助は乗馬教室に向かう為に二階へ着替えに向かい、俊洋と美理愛はリビングで遊び始めた。
「お義母さん、これ上生菓子とお茶です。それと、こっちは千枚漬けと壬生菜です」
「あらあら。ありがとう」
春香が手渡した大きな二つの紙袋を受け取り、理保は嬉しそうに笑った。
「お父さん、喜ぶわね」
「だな。千枚漬けを贅沢な食い方するもんな」
「そうよね。日本酒にはこれだとか言いながらバクバク食べるんだから」
京都競馬場に行った時も買い込んでくるぐらいだから慎一郎の好物なのは雄太も子供の頃から知っていた。
「じゃあ、俺も着替えて来るよ」
「うん」
雄太は凱央達の乗馬教室に付き添う為に着替えに自室へと向かった。
「春香さん。のんびり出来たようで良かったわ」
「お義母さんが隣に住んでいてくださって、私は幸せです」
「ふふふ。言ったでしょ? 孫達が私とお留守番が出来ると春香さんは楽が出来るって」
「はい」
何度も何度も理保に子供達の世話をお願いした事があったが、いつも理保は笑顔で引き受けてくれて、春香は安心して任せている。
慎一郎が庭を歩いて来るのが見えた。理保は大切そうに紙袋を手に自宅へ向かい、慎一郎に話しかけた。
楽しそうに笑う二人を見て、春香も嬉しそうに笑った。




