1014話
1月15日(金曜日)
京都競馬場の調整ルームに到着した雄太と健人に、梅野が声をかけた。
「雄太、雄太ぁ〜」
「梅野さん、早いですね」
「まぁな」
健人はペコリと頭を下げた。
「梅野先輩、お疲れ様です」
「おう〜」
梅野は健人の肩を抱いて頭をグリグリと撫でる。どうやら、梅野はデビューしたての後輩の頭をグリグリと撫でるのが好きなようだ。
「健人ぉ〜。これ以上髪伸ばすなよぉ〜」
「えぇ〜? 嫌ですよ。坊主はもう嫌です」
梅野と健人のじゃれ合いを苦笑いを浮かべながら見ていた雄太は、自分や純也もグリグリされたなと思い出していた。
「雄太ぁ〜。後で部屋に行くなぁ〜」
「はい」
まだ健人をかまいたい梅野は雄太に声をかけた。雄太は忍び笑いをしながら自分の部屋へと向かった。
「雄太ぁ〜」
梅野は缶コーヒーと小さな紙袋を手に雄太の部屋にやって来た。
「これは雄太にぃ〜。で、これはマイスイートエンジェルにだぁ〜」
「ありがとうございます」
雄太は右手で缶コーヒーを受け取り、左手で紙袋を受け取った。
梅野は自分の分の缶コーヒーを持って壁にもたれた。
「その紙袋、開けてみ〜」
「え? あ、はい」
雄太は缶コーヒーを床に置いて、折っただけの紙袋の中を覗いてみた。
「あ……」
雄太は紙袋の中身を掌に出してみた。コロンと転がり出てきたのは二つの小さなプラスチックのトマトが可愛い髪飾りだ。
「可愛いじゃないてすか、これ」
「だろ? 西口のショッピングセンターに行った時に見かけたんだよぉ〜。美理愛はトマト好きだから、つい買っちまったんだよぉ〜」
缶コーヒーを開けて、梅野はグイッと一口飲んだ。
雄太は掌でコロコロと転がしてみて、美理愛が着けた時を想像してみる。
「ありがとうございます。美理愛、喜びますよ。てか、月曜日にうちに来て直接渡せばよくないですか?」
「ん〜? ああ、月曜日は水汲みに行くからさぁ〜」
「成る程」
趣味である自分でブレンドしたコーヒーを淹れる為に名水と呼ばれる物を汲みにあちこち出掛けるのが休日の梅野だ。
「そう言えばさぁ〜」
突然、梅野が思い出したようにニヤリと笑った。
「え?」
「先週、水汲みに行った時にさ、雄太と薬局で会ったの思い出したんだよなぁ〜」
「薬局……?」
最近は薬局になど行った覚えがなかった雄太はキョトンとして聞き返した。
「覚えてないのかぁ〜?」
「薬局に用なんてないですよ? 薬が必要な時は春香が……。え? も……もしかして……」
「そのもしかだよぉ〜」
雄太は口をパクパクとさせた。
「な……何で思い出すんですかぁ〜っ⁉」
久し振りに見た梅野のニマニマとした笑いに、雄太は穴があったら入りたいというのはこういう気分なのかと思った。
「あの頃の雄太は、マジ可愛かったよなぁ〜」
「何年前のはなしですかっ⁉」
「俺の中では、つい昨日のように思えるんだよなぁ〜。春香さんとエッチしたくてゴム買いに、わざわざ車で遠くに……」
「うわぁ〜っ!」
雄太は梅野の口を両手で塞いだ。
「ちよっ! 今更、そう言う事を話さないでくださいっ!」
梅野は口を塞がれながらもニマニマと笑っている。
恐らく雄太の顔は赤くなっているだろう。自分でも顔が熱くなっているのが分かるぐらいだからだ。
過去の話の中でも、この話を知っているのは梅野だけだというのは雄太は分かっていた。純也から、『ゴム買いに栗東から離れた所まで行ったんだって?』と言われた事がなかったからだ。
雄太が手を離すと梅野はニッと笑った。
「まぁ、それは置いといて俺寮を出るんだよぉ〜」
「へ?」
いきなり話が飛んで雄太の目が真ん丸になった。
「草津の駅周辺でマンションを買うつもりなんだぁ〜」
「えっと……もしかして結婚準備ですか?」
「違うってぇ〜。俺が結婚するってなったら式にはチビーズにも来てもらわないとなぁ〜」
「あ、それで草津駅のほうに?」
「正解〜」
いつか梅野が生涯の伴侶となる女性と出会い、幸せになって欲しいと雄太は心の底から思った。




