1011話
正月の挨拶に訪れた若い調教師を応接間に案内した春香がキッチンへ戻ると、凱央が湯飲みを三つ盆に乗せ、悠助が茶菓子を盆に乗せて応接間に向かってきた。
春香はノックをして応接間のドアを開いた。
「明けましておめでとうございます」
「アケマシテオメデトウゴザイマス」
先頭の凱央が挨拶をして何度かトレセンで会った事がある調教師の前に茶器を置いた。悠助もそっと菓子器を置いた。
「おめでとう。ありがとうね」
春香達はドアの前で礼をして応接間を出た。
お盆を手に凱央達はお手伝いが上手くいった事でニコニコとしている。
「バァー。コエモッチェイクノ」
「美理愛、お茶は熱くて危ないから駄目なのよ?」
「ウ?」
キッチンから美理愛と理保の声がする。春香がドアを開けると、美理愛が両手を挙げてアピールをしているのが見えた。
「お義母さん、どうかしました?」
「美理愛がお茶運びをするって言ってて……」
「え? お茶は……」
春香は美理愛の前に膝をついた。
「美理愛。お手伝いしてくれるのは嬉しいけど、お茶は危ないの」
「アブニャイ?」
「そう。だから、お菓子にしようね?」
「アイ」
目を潤ませながらお手伝いをしたいアピールをしていた美理愛を宥め、キッチンで次の来客を待った。
コンコン
応接間のドアがノックされ、ゆっくりドアが開いた瞬間、雄太と慎一郎は固まった。
((み……み……美理愛っ⁉))
小さな盆を両手でしっかりと持って、ソロリソロリと歩いている美理愛の顔はこれ以上ないぐらいに真剣だ。
一歩また一歩と歩く度にカタカタと菓子器が音を立てている。
「おやおや。美理愛ちゃんじゃないですか」
声をかけてくれたのは鈴掛の同期で、既に調教師となった人物だ。
美理愛は声に気づいたようで一瞬顔を上げたが、また真剣な顔で菓子器を見詰めながら歩いている。
テーブルの横につくと盆をテーブルに置いた。
「アテマチテオメエトゴシャイマシス」
「おめでとう、美理愛ちゃん。お手伝い出来て良い子だね」
褒められた美理愛は満面の笑みを浮かべた。
春香が茶器を出すと、美理愛は思い出したように菓子器を盆から取り上げてテーブルに置いた。
「ゴウックリ」
「ははは。ありがとう」
美理愛は凱央に教えてもらった言葉を口にして、テッテッテと応接間から出て行った。
春香は美理愛が忘れて行った盆と茶器を運んできた盆を手にして応接間を出た。
「みりあ。ちゃんとごあいさつ出来た?」
「デチタヨ」
キッチンに戻った美理愛は凱央に報告したのだろう。褒めてもらって満足気な笑みを浮かべている。
「春香さん。美理愛は大丈夫だった?」
「ええ、大丈夫でしたよ。お盆を持って帰ってくるのを忘れましたけど」
理保はキッチンの隅で春香に小声で訊ねた。春香の言葉に理保はホッと胸を撫で下ろした。
「うちの孫達は皆お手伝いしてくれて嬉しいんだけど、孫の事になると心配症のうちの人大丈夫かしら」
「お義父さん、固まってらっしゃいました」
「でしょうね。お茶菓子だとしても心臓がバクバクだったでしょうね」
理保は口元に手を当てて忍び笑いをしていた。
「ツギハ、ボクガイクヨ」
「ボクモ〜」
悠助と俊洋がお手伝いの順番を話していて、理保は嬉しそうに笑った。
「ちゃんと順番守らないとダメだよ。としひろはお茶はダメだからね? ヤケドしたらジィジとバァバがかなしむんたから」
凱央は盆を布巾で拭きながら悠助と俊洋に言い聞かせている。
「春香さん。凱央ってば、大人っぽくない?」
「そうなんです。凄くお兄ちゃんになってくれて。最近は私が言うより先に言い聞かせてくれてます」
悠助と俊洋はうんうんと頷いて聞いている。
「悠助と俊洋も言う事を聞いてて偉いわ」
「理不尽じゃないと子供心に分かってるんだと思います」
「そうね。言い方も優しいしね」
凱央が悠助達より、うんと年上な訳ではないのに、ちゃんと言い聞かせが出来ているのは嬉しいと理保は笑いながら湯飲みなどを洗っていた。




