1009話
12月31日(金曜日)
「パパ、ママ。おやすみ」
「パーパ、マーマ。オヤスミ〜」
「おやすみ。凱央、悠助」
「おやすみ。良い夢が見られると良いね」
お揃いのパジャマを着た二人は雄太と春香に手を振ってから二階へと向かった。
俊洋と美理愛は、もう既に春香の部屋でスヤスヤと眠っている。
春香は温かいコーヒーとホットミルクを手に雄太の待つリビングへ向かった。
「ありがとう、春香」
「うん」
並んでソファーに座るとどちらからともなく顔を見合わせてキスをする。
「雄太くん。今年一年お疲れ様」
「ありがとう、春香。今年もリーディング一位獲れて良かったなぁ〜」
「一番はダービージョッキーになれた事でしょ?」
「だな」
子供の頃からの夢であるダービーを獲れた事は雄太にとって自信になった。
ダービージョッキーの一人に名前を連ねられたのは、慎一郎も理保も本当に喜んでくれた。
凱央が『騎手になる』と宣言をした事のほうが慎一郎には嬉しかったようだが。
「騎手になりたいって思ってくれたんだよな」
「パパが格好良い姿をたくさん見せてくれたからだよ?」
雄太は少し照れくさそうな顔をする。
「俺も父さんを見て騎手になりたいって思ったんだよな。凱央が乗馬を習いたいって言ってくれた時もだけど、凱央の口から『騎手になる』って聞いた時、本当に胸がいっぱいになった」
「うん。何となくそうなのかなって思ってたけど、はっきり口にしたのを聞くと嬉しいよね」
将来の夢を騎手に決めたのはいつなのだろうか。もしかしたら乗馬教室に行きたいと言った時からだろうか。
誕生日とクリスマスのプレゼントは一緒で良いからと乗馬に使う物を口にする凱央を、春香は小さな雄太を見ているようで愛おしいと思っている。
「悠助もいつか騎手になりたいって言うかな? でも、悠助はゲイルのような別れをしたくないって思ってるかも知れないな」
「どうだろうね」
メイゲイルを亡くした事は悠助の心に深い傷を残す事となったが、その傷を癒したのはメイゲイルだった。
「ゲイルに乗った……なんて聞かされて直ぐには信じられなかったけどな」
「うん。私も凱央の時と同じような夢だって思ったんだけど、あのボンボンは説明がつかなかったんだよね」
悠助が手にしていた黄緑色のボンボンは、今は悠助の部屋に飾ってある。
「あのボンボン、本当にどこから出てきたんだろうな? 江川調教師が悠助にくれたなら、ゲイルに乗ったって夢を見た時に驚くとは思えないし」
「不思議だよね。あのボンボン、まっさらって感じじゃなくて少し汚れがあったんだもん」
雄太も悠助が見せてくれた時、ほんの少しの土のような物と枯れた草の欠片がついていたのだ。
(キックバックで泥や芝が飛んで来るけど、ゲイルの前には他馬はいないし……。そもそも、ゲイルのボンボンが悠助の部屋にある訳がないし……)
サンタクロースからのプレゼントとして額に入れたメイゲイルのメンコは馬主がくれた物だ。
江川が悠助が描いてメイゲイルの馬房に供えた絵を馬主に送ったお返しにと送ってくれたのだ。
(ボンボンはもらってないし……。そもそも、メンコはボンボンを見つけた後もらった物だし……)
尚道が遊びにきたとしても、男の子てある尚道がボンボンのついた髪飾りをしていた事はない。
もちろん二階で遊んだりしている俊洋もだ。ボンボンのついた髪飾りなど持ってもいないし、つけてもいない。
(美理愛はボンボンの髪飾り持ってるけど、赤やピンクで黄緑色は持ってないもんな)
何度考えても、どう考えても分からないが、悠助はメイゲイルのボンボンだと信じていて、春香に買ってもらった小さなコレクションケースに入れて大切にしている。
「ゲイルはきっと悠助を見守ってくれるよな」
「うん。私もそう思ってるよ」
微かに除夜の鐘が鳴っているのが聞こえた。
「今年が終わるな」
「うん。来年もよろしくね、雄太くん」
「ああ。良い一年にしような」
雄太は春香をそっと抱き締めて1999年も良き一年になるようにと祈っていた。




